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Sherlock Holmes Collection シャーロック・ホームズ コレクション

A Study In Scarlet 緋色の研究 第一部 第六章 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「名前は?」
「アーサ・シャルパンティエイ、海軍中尉ですな。」とグレグソンは偉そうに胸を張って、厚い手をこすった。
 シャーロック・ホームズはほっと一息つき、落ち着いた笑顔を見せた。
「掛けたまえ。葉巻は? 
お手並みのほどをぜひうかがいたい。水割りウィスキィは?」
「いただきます。」と刑事。
「この二日間というもの、たいへんな仕事続きでくだびれまして。
身体が疲れたというよりは、先生と同じく、頭が疲れたといったところです。
シャーロック・ホームズ先生、何と言っても、吾輩ども二人は頭脳労働者ですからな。」
 ホームズは改まって、「どうか僕たちに、その素晴らしい冒険談をお聞かせ願えませんか。」
 刑事は安楽椅子に腰を下ろすと、得意気に葉巻を吹かせた。
そして嬉しくなったのか、突然、太ももを叩き始めた。
「愉快ですな。レストレードのばかは自分では賢いと思っているんだろうが、てんで違った方向を走っているんですからな。
秘書のスタンガスンを追っているとはね。あの秘書はもう事件とは無関係です。まったくのシロですよ。
まあきっと相手を捕まえてでもいる頃合なんでしょうが。」
 グレグソンは自分の言ったことが面白く、笑いに笑って、しまいにはむせてしまった。
「しかし、手がかりをどうやって?」
「ええ、今から全部お話ししましょう。
そのかわりワトソン先生、内密にお願いしますよ。
我々のぶち当たった最初の難関は、このアメリカ人の素性調べでした。
ここで凡人なら新聞広告を出して情報を待ったり、知り合いが何か申し出てくるまで待つところですが、
このトバイアス・グレグソンはちょっと違います。
死んだ男のそばに落ちていた帽子、覚えてますか?」
 するとホームズは、「ああ。ジョン・アンダウッド商会製、住所はキャンバウェル通り一二九だ。」
 グレグソンは気をそがれたようで、
「まさかご存じだとは。行かれましたか?」
「いや。」
 それにグレグソンは安心して、「ほお、機会を逸すべきではありませんな。どんなに見かけが小さなものでもね。」
「偉大な理性の前では、大小などない。」とホームズは格言めいたことを言ってみせる。
「さて、アンダウッドに行きまして、こういう寸法でこういう感じの帽子を売ったことはないかと聞きました。
帳簿を見てもらったところ、すぐにわかりましてな。
帽子はドレッバー氏へ、トーキィ・テラスのシャルパンティエイ旅館宛で配送したとのことです。
これで住所が割れまして。」
「冴えてる、実に冴えてる!」とシャーロック・ホームズはつぶやいた。
「そこでシャルパンティエイ夫人を訪ねました。
青ざめた顔で気を揉んでおるようで。
娘も同席してまして――べっぴんな娘でしたよ、ええ。吾輩が話を切り出すと、女の目は赤くなって、唇がふるえましてな。
吾輩の目はごまかせません。
何かくさいと思いました。
シャーロック・ホームズ先生、この感じわかりますな、正しい筋に勘づいたときの――あのぞくぞく感。
『おたくの投宿人、クリーヴランド在住のイーノック・J・ドレッバーさんが変死なされたことはご存じですな?』と吾輩は聞きました。
 夫人はうなずきましたが、言葉を失っているようでした。
娘もいきなり泣き出したので、
こやつらは何か知っておるな、という思いが強くなりましてな。
『ドレッバーさんが列車に乗るため、この家を出たのは何時ですかな?』と吾輩が聞くと、
『八時です。』と言って、夫人は動揺を抑えようと息をぐっと呑み込みました。
『スタンガスンさんが、列車は二本あるとおっしゃいまして――九時一五分発と一一時発です。
先の列車を捕まえに行ったのかと。』
『それが彼を見た最後ですか?』
 という質問を吾輩はしたのですが、それで夫人の顔が急変してしまいましてな。
血の気がさーっと引いて。
しばらくして、女は一言『はい』といいました。どうも不自然に引きつった声でした。
 一瞬しんとしましたが、そのあと娘が落ち着いた、よく通る声でこう言ったんです。
『嘘はやっぱりいけませんわ、お母さま。
このお方に素直にお話ししましょう。実はもう一度ドレッバーさんに会ったんです。』
『ああ、なんてことを!』とシャルパンティエイ夫人は手をかざしましたが、すぐに椅子に戻って、
『あんたは自分の兄を殺したのよ。』と。
 しかし娘も『アーサだって、私たちに嘘をついてほしくないはず。』と負けません。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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