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Sherlock Holmes Collection シャーロック・ホームズ コレクション
A Study In Scarlet 緋色の研究 第二部 第六章 2
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
馬を乗りこなすのはお手のものでしたので、辻馬車の運営事務所に自分を売り込むと、すぐ採用に。
元締めに週一定額の上がりを納める決まりで、それを越える分はいくらでも自分の取り分。
越えることなんて滅多にありませんが、何とかいくらかはかき集められて。
いちばんの厄介は道を覚えることでした。私からすれば、この都のややこしさは断トツで、今まで設計されたどんな迷宮も目じゃない。
もっとも地図をかたわらに、めぼしいホテルや駅を目印にさえできれば、だいたいはうまく行きました。
狙う紳士ふたりの居所が知れるまでしばらくかかりました。しかし尋ねに尋ね、とうとうばったりやつらと出くわしたのです。
やつらは川向こうキャンバウェルの賄い付き下宿屋におりました。
いったん見つかればあとはこっちの手のひらにあるようなもの。
鬚を生やしてましたから、私と気づくはずもありません。
もはやどうあっても逃さぬぞと決意を新たにしました。
時には自分の馬車で追い、時には徒歩で、前者が最善でした。そうすれば向こうは逃げようがないでしょう?
ただ早朝と深夜だけでは稼げませんから、上がりの支払いが滞り出します。
それでも狙う男どもを手に掛けるまではと我慢しました。
追いつかれる可能性を想定していたに違いなく、単独行動を避け、日没後にも外出しません。
二週間のあいだ毎日馬車で付け狙いましたが、目の前で離ればなれになることはまずありません。
ドレッバーといえばほとんどいつも酔っ払っていましたが、スタンガスンは一時も気を緩めることがなく。
四六時中見張りましたがわずかな隙も見えないのです。しかし私はくじけません。何となくそのときがもうすぐ来るような予感がしていたのです。
ただひとつ怖いのが、胸のこいつが思ったより早く破裂して、志半ばになることでした。
果たしてある夜、トーキィ・テラス――やつらの下宿付近の通り名なのですが――そこら界隈で回していると、ちょうど下宿の戸口につく辻馬車を目にしました。
たちまち荷物が運び出されて、しばらくしてドレッバーとスタンガスンがあとに続き、車が走り去ります。
私は馬に鞭打って、やつらを見失わないようにしつつ、ひやひやしっぱなしでした。居所を変えるのではと気がかりで。
ユーストン駅にやつらが着いたので、私は馬抑えに少年をつけて停車場の上までつけていきました。
耳に聞こえたのは、リヴァプール行き列車を尋ねるやつらの声。それから車掌の今出たばかりで数時間は列車がないという返事。
スタンガスンはそれに慌てている様子でしたが、ドレッバーはむしろ喜んでいるようで。
雑踏のなか近づいてみるとふたりのひそひそ話を漏らさず聞くことができました。
ドレッバーはちょっと野暮用があるとのことで、待っててくれ、あとで落ち合おうと。
連れは相手を諫めて、単独行動を取らないとふたりで決めたことを念押しします。
ドレッバーの答えは、事は微妙、ひとりで行くしかない、と。
それに対するスタンガスンの返事は聞き取れなかったのですが、相手はみだりに罰当たりなことを言い出して、雇われ秘書に過ぎない、指図できる立場にないことを連れに思い知らせました。
そう言われては秘書もやってられるかと匙を投げ、終電を逃したらハリデイ・プライヴェート・ホテルで合流という取り付けだけをしました。そこでドレッバーは一一時前に停車場へ戻るとだけ言い残し、駅から出て行きます。
ふたり揃っていれば互いに守り合えるが、ひとりひとりとなれば思うがまま。
罪を犯したやつらに、自分を襲ったのは誰か、そして天罰の下った理由を悟らせる時間があって初めて、復讐が叶うのです。
つまり練り上げた計画には段取りがありまして、私をいたぶった男どもに、その因果応報を自覚させるのです。
たまたま数日前、ブリクストン通りの空き家をあちこち下見物していた紳士が、私の馬車にうち一件の鍵を落としていきました。
その日の夕べに申告があって返却されたのですが、そのあいだに私は型どりをして合い鍵をこしらえておきました。
こいつのおかげでこの大都市で少なくとも一ヵ所、邪魔者の入らない当てが手に入るわけで、
あとはうまくドレッバーをその家屋へ連れ込むことさえできれば、万事解決です。
やつは通りをふらふらすると、酒場を数軒はしごして、最後のには半時間ほど居座りました。
ちょうど私の手前にハンソムがあったので、やつはそれを呼び止めまして。
道中ずっと離れず、こっちの鼻先は常に向こうの御者から一ヤード以内。
私たちはがたごととウォータルー橋を越え、街を何マイルも走り抜け、果てにはなんとびっくり、気づけばやつのかつての下宿先の門前に逆戻り。
私にはどういうつもりでそこへ引き返したのか見当もつきません。ひとまず追い越してその家から一〇〇ヤードくらいのところに車を止めました。
水を一杯、くださいませんか。しゃべっているうちに口が渇きまして。」
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo