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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出
Silver Blaze 白銀の失踪 8
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「サイラス・ブラウンのようなあんな傲慢で臆病で狡猾な三拍子そろった奴を見たことがない」 ホームズは歩きながらいった。
「初めはつべこべと誤魔化そうとしたから、あの晩、いや朝のあいつの行動を正確に話してやったら、図星を指されたと見えて、とうとう兜を脱いだよ。僕が見ていたとでも思い込んだらしく。
君はあの足跡が妙に爪先が角ばっていたのも、ブラウンの穿いていた靴がちょうどそれに適合する形だったのも、無論気がついたろう。
そして部下の使用人にはこんなことが出来るものじゃないことも
――だから、僕は毎朝あいつが一番に起きる習慣であること、あの朝も早く起きてみると、荒地によその馬がうろうろしているので、
出て行ってみたところ驚いたことには、それが白銀号だった――白銀というのは額が真白なところから出た名なんだが、自分が大金を賭けてる馬の唯一の強敵が手に入ったんでびっくりしただろうと、そのことについて委しく話してやった。
最初は、キングス・パイランドへつれて行こうとしたが、急に魔がさして、競馬のすむまでかくしておいたらという考えを起し、そっとケープルトンへつれ戻ってかくしておいただろう
といってやったもんだから、あいつもとうとう降参して、どうかして自分が罰せられないですむ方法はないかと考えるまでになったんだ」
「だって、あの厩舎はグレゴリ警部が調べたんだろう?」
「馬の扱いもあいつぐらいになると、どうにでもぺてんの利くもんだよ」
「だって君は、ブラウンに馬を預けておいて心配はないのかい? あの馬に傷をつければ、どの点から見てもブラウンの利益になるんだのに」
「安心したまえ。ブラウンは掌中の玉のように馬を大切にするから。
少しでも罪を軽くしてもらうには馬を安全にしておくのが、唯一の方法だと、ちゃんと心得ているんだ」
「だが、ロス大佐のあの様子じゃどんなことをしたって、寛大な処置をとりそうもないね」
僕は自分の思う通りに歩を進めていいように話しておく。
君はどう思ったか知らないが、大佐の態度は僕には少々素気《そっけ》なさすぎた。
だから費用は先持ちで、ちょっとばかり面白いことをしてやろうと思うんだ。
「もっともこんなことはジョン・ストレーカ殺しの犯人問題に比べれば、ごく些細なことだがね」
デヴォンシャへ来てまだ二三時間にしかならないのに、これほど素晴しい成功を持って進捗しつつある事件を、すっぱりと見切りをつけてしまおうとする彼の腹が、私には分らなかった。
いろいろ訊ねてみたが、彼が黙々として、ストレーカの家へ帰りつくまで一言も発しなかった。
帰ってみると、大佐は警部と一緒に客間で待っていた。
「私達は今晩の夜中の汽車でロンドンへ引揚げます」 ホームズはいった。
「おかげでダートムアの美しい空気を、しばらく呼吸させていただきました」
これを聞いて警部は呆気にとられ、大佐は唇に冷笑を浮べた。
「では、ストレーカ殺しの犯人は捕まらんと断念されたんですか?」
「非常な困難が横《よこた》わってることは事実です。
それにしてもこの火曜日にあなたの馬が競馬に出られることは、相違あるまいと思われます。どうか騎手の御用意をお忘れないように。
それから、ストレーカ氏の写真を一枚拝借願いたいと思いますが」
グレゴリ警部はポケットに持っていた封筒から一枚取出して、ホームズに渡した。
「グレゴリさんは私が欲しいと思うものはいつも先廻りして用意しておいて下さるですね、有難う。ところで、しばらく皆さまにお待ちを願って、女中に二三質問したいことがありますが――」
ホームズが部屋を出て行くと大佐は露骨にいった。「ロンドンなんかからわざわざ探偵を呼んでどうも馬鹿を見ちゃった。
「少なくとも白銀が競馬に出ることだけはホームズは保証しましたよ」 私は口を入れた。
「なるほど、その保証はあった」 大佐は冷笑を浮べて、
私がホームズのために弁明しようとしたところへ、彼は入って来た。
「それでは皆さん、いつでもタヴィストックへお供いたしましょう」
私達が馬車に乗ろうとすると、一人の若者が扉《ドア》を押えていてくれた。
ホームズはつと何か考えついたらしく若者の袖を引いて訊ねた。
「調馬場の柵の中に羊が少しいるようだが、誰が世話するのかね?」
「へえ、大したこともございませんが、三頭だけどういうものか跛《ちんば》になりましたんで」
ホームズはいと満足げだった。ニッコリと笑って、頻りに両手をこすり合せていた。
「大変な想像だよ、ワトソン君、非常に大胆な想像が当ったよ。
グレゴリさん、羊の中に妙な病気が流行しているのは、大《おおい》に御注意なさったらいいと思います。
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami