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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出
Silver Blaze 白銀の失踪 9
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
ロス大佐は依然としてホームズを軽蔑するらしい顔をしていたが、警部はいたく注意を喚起させられたらしかった。
「あなたはそれを重大視されますか?」 警部はいった。
「その他何か私の注意すべきことはないでしょうか?」
「あの晩の犬の不思議な行動に御注意なさるといいでしょう」
それから四日たって私達はウェセクス賞杯争覇戦を見るために、再びウィンチェスタ行の汽車に乗った。
約束通りロス大佐は停車場の入口まで来て待っていてくれたので、私達はそのまま大佐の四頭立《よんとうだて》馬車で市はずれの競馬場へ向った。
「私の馬を一向見かけないようですがね」 大佐はいった。
「ごらんになれば御自分の馬だからお分りになるでしょう」 ホームズはそういった。
「私は二十年来競馬場に出入りしているが、只今のようなお訊ねを受けるのは始めてです。
あの馬の純白の額と、斑の前脚とを見れば、子供にだって分ることです」
昨日なら十五対一でも売り手があったのに、だんだん差が少くなって、今では三対一でもどうですかな」
馬車が大スタンド近くの入口から入る時、競争加入者表を見あげると、次のように書き出されてあった。
ウェセクス賞杯競馬
各出場馬金五〇ソヴリン。同五歳馬にて一着には金一〇〇〇ソヴリンを副賞す。二着二〇〇ポンド。新コース(一哩八分の五)
一、ヒース・ニウトン氏 黒人(赤色《せきしょく》帽、肉桂色《にくけいしょく》短衣《ジャケツ》)
二、ワードロ大佐 拳闘家(淡紅色《たんこうしょく》帽、青|及《および》黒|短衣《ジャケツ》)
三、バックウォータ卿 デスボロ(黄色《こうしょく》帽、袖同色)
四、ロス大佐 白銀(黒色《こくしょく》帽、赤色|短衣《ジャケツ》)
五、バルモーラル公爵 アイリス(黄及黒の縞)
六、シングルフォド卿 ラスパ(紫色《ししょく》帽、袖黒)
「私の方ではもう一頭の方を見合せて、すべての希望をあなたの言葉につないでいるんです」 大佐はいった、
「おや、これはどうだ! 白銀はちゃんと出ているな!」
「白銀は五対四!」 賭場《かけば》から喚き声が起った。
「白銀は五対四! デスボロは十五対三! 場《じょう》に出れば五対四!」
「六頭全部だ! してみると私の馬もいるんだな!」 大佐は叫び声を挙げた。
「だが、白銀はいない! 黒帽赤|短衣《ジャケツ》はここを通らなかった」
「いや、まだ五頭通っただけです。今度のがそうに違いありません」
私がこういった時、逞ましい栗毛の逸物が重量検査所から出て来て、ゆるやかな駈足で私達の前を通った。鞍上《くらうえ》にはロス大佐の色別《しきべつ》として有名な黒と赤との騎手が乗っていた。
「あいつには額に白い毛がない! ホームズさん、あんたは一体何をやったんですッ?」
「まあ、まあ、あの馬がどんなことになるか見ていましょう」 ホームズは騒がずにいって
馬車の上から見ていると、やがて直線部に来た時の彼等は壮大であった。
六頭の馬は一枚の敷物でかくせるくらい接近して馳《かけ》っていた。が、半ば頃まではケープルトンの黄色がその中の先頭を切っていたが、
私達の前まで来た時はデスボロは力つきて出足鈍り、大佐の馬は突進してそれを抜き、決勝点に入った時は、優に六馬身の差があった。バルモーラル公のアイリス号はずっとおくれて三着になった。
「とにかく、勝《かつ》には勝った」 大佐はホッとして、手で両眼《りょうがん》を拭き払いながら、
「しかし、正直なところ私には何が何んだかさっぱり分りません。
ホームズさん、もういい加減に教えて下すってもよくはありませんか」
ここにいますよ」 ホームズは馬主とその連れだけしか入《い》れない重量検査所へ入って行きながら、
「この馬の顔と脚とをアルコールで洗っておやりなさい。そうすればもとのままの白銀だということが分りますから」
「あるいかさま師の手に入っていたのを見つけ出して、勝手ながらその時のままの姿で出場させたわけです」
あなたの手腕を疑ぐったりして、なんと謝罪していいか分りません。
この上はジョン・ストレーカ殺しの犯人を見つけて下されば、これに越す幸いはありません」
「加害者も捕えておきました」 ホームズはすましていった。
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami