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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還

The Adventure Of Charles Augustus Milverton チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン 4

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 数日間、ホームズはいつ何時でもこの風体で出入りしていた。ハムステッドで活動していて、それがまったくの無駄ではなかったということは分かっていたが、それ以上はホームズが何をやっているのかまったく知らなかった。
しかしながら、ついにあるひどい嵐の晩、風で窓ががたがたと音をたてていた晩に、ホームズは最後の遠征からもどってきて、変装を解いてしまってから暖炉の前に腰を下ろし、心から笑いだした。例の、静かで内向的なあの笑い方で。
「ぼくを結婚したがるような男だとは思ってなかっただろうね、ワトスン」
「そりゃそうだよ!」
「おもしろいと思わないか? ぼくは婚約したんだよ」
「なんとまあ! いや、おめで――」
「ミルヴァートンのメイドとね」
「なんだって、ホームズ!」
「情報が欲しかったんだよ、ワトスン」
「やりすぎだと思わないか?」
「なにより必要なステップだったんだよ。
ぼくは景気のいい配管工でね。名前はエスコット。
毎晩彼女と散歩しておしゃべりしてたんだよ。
まったく、あのおしゃべりときたら! 
まあしかし、欲しかったものは揃った。
ミルヴァートンの家のことはもう手に取るように分かっている」
「けど、その娘はどうするんだね、ホームズ?」
 ホームズは肩をすくめた。
「やむをえないだろ、ワトスンくん。
危機がこんなに迫っているときには最善の手を尽さないと。
それにしても、背を向けた瞬間に間違いなく切りつけてくるような憎らしい敵を相手にするのは楽しいものだね。
今夜はじつにすばらしい夜だ!」
「こんな天気が好きだっていうのか?」
「目的にあうからね。ワトスン、ぼくは今夜、ミルヴァートンの家に押し入るつもりだ」
 私は息を飲んだ。断固として決意した調子でゆっくりと紡ぎだされたその言葉を聞いたとたん、全身から血の気が引いていくのが分かった。
稲光が広々とした景色を一瞬にして浮かび上がらせるように、その行為のもたらす結末がちらりと脳裏をかすめる――発見され、捕らえられ、輝かしい経歴がとりかえしのつかない失敗と屈辱で幕を閉じ、ホームズ自身は憎むべきミルヴァートンのなすがままに横たわっている。
「頼むからホームズ、何をやろうとしているのか考えてみてくれよ!」と私は叫んだ。
「ねえ、あらゆることを考えてみてのことなんだよ。
ぼくはけっして軽率に動いたりはしないし、他に手があるんだったらこんな、疲れる上にまちがいなく危険だと分かっているような真似をしやしない。
ことを偏りなくしっかりと検討してみよう。
きみだって、これが道徳的に正しいことだとみとめてくれるよな。理屈では犯罪だとしてもね。
やつの家に押し入るといっても、あの手帳を奪ってくるだけのことなんだ――あのとき、きみが手伝ってくれようとしたことだよ」
 私はそれを頭の中で検討してみた。
「そうだね。道徳的には正しい。ただ不正な目的に使われるものだけを持ち出すんであれば」
「そのとおり。道徳的に正しいことだからこそ、個人的に危険を冒してでもやってやろうと考えた。
淑女から切実に助けを求められているというのに、紳士たるもの傍観してていいわけないじゃないか?」
「それにしても、立場上まずいことになるぞ」
「まあ、それも冒すべき危険のひとつだよ。
あの手紙をとりかえすにはそれしかないんだから。
レディ・エヴァはあんな大金を持っていないし、相談できる相手もいない。
残された時間はあと一日。今夜中に手紙が手に入らなければ、あの悪人は言葉どおりのことをやって依頼人を破滅させるだろう。
というわけで、ぼくは依頼人をその運命の手に委ねるか、さもなくば最後のカードを切るしかない。
これはね、ワトスン、ミルヴァートンのやつとぼくとの堂々たる決闘なんだよ。
きみが見たとおり、最初の手合わせでは向こうが完勝した。でも、ぼくのプライドと名にかけて、最後まで戦いぬいてみせる」
「うーん、あまり気に入らないけど。しかたなさそうだな。
いつからでかけようか?」
「君はこなくていい」
「じゃあ、君は行かなくていい。
ぼくの名誉に誓う――いままで一度だって破ったことはない――この冒険をともにできないというのなら、ぼくは馬車をつかまえ警察署に駈けこんで、なにもかもしゃべってやる」
「役に立ってもらえそうにないんだよ」
「どうしてそう言える? 何が起きるかわからないじゃないか。
とにかく、ぼくはゆずらないよ。
プライドと名を重んじるのはきみだけじゃない」
 ホームズは悩んだ目つきをしていたが、やがて眉を開いて私の肩を叩いた。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Kareha
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