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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険
The Adventure Of The Blue Carbuncle 青い紅玉 6
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「かっか! そりゃかっかもするわ、俺の気持ちになってみろっつんだ。
それだけの品にそれだけの金を払う、これで取引は終わりなんだよ。なのに『どこの鵞鳥だ?』だの『鵞鳥を誰に売った?』だの『鵞鳥をいくらで売った?』
鵞鳥はここだけにあるんじゃねえやい、騒がしいったらありゃしねえ。」
「いやいや、僕はそんな質問をした御仁とは無関係だ。」とホームズは軽く言った。
「ただ教えてくれないと賭が成立しない、それだけの話だ。
いつも鳥のことで賭をしているのだが、五ポンド賭けていい、僕の食べた鳥は、田舎育ちだ。」
「へえ、ならその五ポンドはおじゃんだな。ありゃ街の育ちだ。」と売り子がぶっきらぼうに言う。
「俺より鳥に詳しいってのかい。俺はガキんころからこいつらを世話してるんだぜ?
いいか、アルファんとこに行った鳥は、みんな街の育ちだ。」
だが、金貨一枚の賭けにしよう。君に強情は禁物だと勉強させてやる。」
そう言うと少年が裏に回って、厚みのない小型の帳面と背が脂で汚れた大型の帳面を持ってきて、つるされたランプの下にまとめて置いた。
「さあ、うぬぼれ屋の旦那。」と売り子がしゃべり出す。「鵞鳥は売り切れかと思っていたが、店じまいの前に、あんたが店先で売れ残りを一羽見つけてくれたみたいだな。
わかるか? あれだ、この頁のここが田舎のやつらで、名前のあとにある数字が、大きい台帳で詳しく書いてある頁になる。
それから! こっちの頁の赤い字が見えるな? そう、これがこの街にある仕入れ先の一覧だ。
ほら、三つ目の名前を見てみろ。ちょっと読んでみろや。」
「オウクショット夫人、ブリクストン通り117――249。」とホームズが読む。
「そうだな。じゃあそいつを台帳で繰ってみろやい。」
「ここか。『オウクショット夫人、ブリクストン通り117、卵・鳥肉仕入れ先。」
「『十二月二十二日 鵞鳥二四羽 七シリング六ペンス』」
「『アルファのウィンディゲイト氏に卸 十二シリング』」
シャーロック・ホームズはひどく悔しそうなふりをした。
懐からソヴリン金貨を一枚取り出して、石の台へ投げた。そして言葉にならぬほど不機嫌になった男、といった体で背を向ける。
二、三ヤード離れた街灯の下でホームズは立ち止まり、心の底から笑い出した。ホームズ独特の、音を立てない笑い方だ。
「鬚をあんなふうに整え、懐から赤新聞をのぞかせている男なら、絶対、賭でつれる。」とホームズ。
「ああいう男は、たとえ一〇〇ポンド積んだとしても今見たく教えてはくれまい、と言っても過言ではない。賭の相手をしてやれば引き出せるのだ。
さあワトソン、どうやら僕らの冒険も終わりに近づいてきた。まだ決まらぬ点はただひとつ、今夜のうちにオウクショット夫人のところへ行くべきか、それとも明日までおあずけにしておくかだ。
逆にはっきりしているのは、あの男が無愛想に対応したことからも、僕ら以外の誰かが同じことを気にしているということだから、もうここは――」
ホームズの言葉が唐突に途切れた。ちょうど今離れたばかりのあの露店から、怒鳴り散らす声が聞こえたのだ。
振り返ってみると、鼠のような顔をした小柄な男が、揺れるランプから射す黄色い光の真ん中に立ちすくんでいた。あの売り子のブレッキンリッジは露店の戸の前に突っ立って、すくむ男に対して拳をいかめしく振り上げている。
「てめえも鵞鳥ももうたくさんだ。」と売り子がどなる。
今度そんなくだらねえ話をしにきやがったら、犬をけしかけるぞ。
オウクショットのかみさんを連れてこい。かみさんになら話してやる。けどな、あんたにゃかかわりねえ。
「そ、そうですが、でも、ひとつは私のもので……」小柄な男が訴えるように言う。
「はあ? プロイセンの王さんにでも言え。知ったことか。もうたくさんだ。けぇれ! けぇれ!」
売り子が勢いよく前へ飛び出たので、訪ね来た男はそそくさと闇の中へ消えていった。
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo