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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険
The Adventure Of The Blue Carbuncle 青い紅玉 5
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「あなたの帽子と、それから、これがあなたの鳥になります。」とホームズ。
「時に、ご面倒でなければ、あの鵞鳥はどこでお求めになったか教えていただけませんか?
私も鶏肉には目がないのですが、あんなに育ちのよい鳥はそうお目にかかれません。」
「その通りですな。」ベイカー氏は立ち上がって、新しく手に入れたごちそうを小脇に抱えていた。
「私は、博物館のそばにあるアルファ・インの数少ない常連なのですが……ええ、日のあるうちに博物館へ行けば、だいたいそのうちの誰かがおりますよ。
今年はそこの気のいい亭主が――ウィンディゲイトというのですが――鵞鳥の同好会を作りまして、毎週数ペニーずつ積み立てると、クリスマスにひとり一羽、鳥がいただけるのです。
私はきっちり払っておりましたから、あとはご存じの通りです。
本当に恩に着ます。この年で、この性格ですから、スコッチ帽はどうも不似合いで。」
滑稽なほど仰々しい仕草で、我々ひとりひとりに深々とお辞儀をし、そしてしっかりとした足取りで出て行った。
「ヘンリ・ベイカー氏はこういう人物だ。」とホームズは後ろ手で戸を閉める。
「間違いない、彼はこの一件については何も知らない。
「ならばこうしよう。晩餐を夜食に換えて、この手がかりをまだ冷めぬうちに追いかけよう。」
その夜は肌を刺すような寒さで、我々はアルスターを着込み、首巻きでのどをくるんだ。
外では、星が冴え冴えと輝き、空には雲ひとつない。街を歩く人の息は、弾を打った後の銃口のように、あちこちから白く吹き上がる。
我々は足音をこつこつとあたりに響きわたらせつつ、医者の街であるウィンポール街とハーリィ街を抜け、そのあとウィグモー街からオックスフォード街へ入った。
十五分後、我々はブルームズベリにあるアルファ・インの前にいた。通りの角にある小さなパブで、その通りを進むとホウボーンに至るのだろう。
ホームズは戸を押して個室の方へ入り、ビールを二杯、赤ら顔で白いエプロンの亭主に注文した。
「このビールが、ここの鵞鳥と同じくらい上物なら、言うことなしだ。」とホームズ。
「ああ。つい半時間前、ヘンリ・ベイカーさんと話してね。おたくの鵞鳥同好会の一員だとか。」
「おお、なるほど。いや旦那、ありゃうちの鵞鳥じゃないんですよ。」
「コヴェント・ガーデンの売り子から二ダース卸してもらったんです。」
「ほう! 初耳だな。では、オヤジの健康と、この店の繁栄に乾杯だ。ごきげんよう。
さあ、ブレッキンリッジ氏の方へ。」ホームズは外套の釦を留めながら、霜風の吹く戸外へ出て、言葉を続ける。
「いいかい、ワトソン。我々は確かに鎖の一端として、鵞鳥などというのほほんとしたものを扱っている。しかし、もう一方の端には、我々が無実を証明せねば七年の懲役刑を受けるかもしれぬ男がいるのだ。
この調査で有罪を確定する可能性もあるが、いずれにせよ、警察も見逃した捜査の糸口をつかんでいる。偶然舞い込んできたものであるにしても。
ならば果ての果てまで追いかけよう。南向け南、早足で歩け!」
我々はホウボーンを通り過ぎてエンドル街へ入り、入り組んだ貧民街を抜けると、コヴェント・ガーデン市場へ出た。
露店の中でも大きいもののひとつに、ブレッキンリッジの名が掲げられていた。そこの持ち主は、角張った顔に整えられた頬髭、どこか馬好きの雰囲気があり、手伝いの少年と一緒に店じまいをしているところだった。
売り子はうなずき、我が友人を疑わしげにちらりと見た。
「どうも鵞鳥は売り切れかな。」ホームズは言葉を続け、何もない大理石の台を指さした。
「あれも素晴らしい鳥だった。仕入れ先はどこかね?」
驚いたことに、この質問がいきなり売り子の怒りを買ってしまった。
「そういうことかい、旦那。」と売り子は頭を振り上げ、手を腰に当てて肘を張る。「どういう魂胆だ。はっきり言ってもらおうじゃねえか。」
「はっきり言っている。アルファに卸した鵞鳥は、どこから仕入れたのか知りたい。」
「まあ、つまらんことではないか。どうしてそんな些細なことでかっかする。」
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo