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ホーム青空文庫シャーロック・ホームズ コレクション 最後の挨拶

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Sherlock Holmes Collection His Last Bow シャーロック・ホームズ コレクション 最後の挨拶

The Adventure Of The Dying Detective 瀕死の探偵 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「その通りだ、ワトソン。
ありがとう、布団は自分で何とかする。
そこから近寄らないでくれ。
ところでワトソン、もうひとつ希望の条件がある。呼ぶなら、先ほど挙げた人物ではなく、僕の選んだ人にしてほしい。」
「承知した。」
「君が部屋へ入るや言ったあの言葉、わかっているね、ワトソン。
そこに本があるだろう。少し疲れた。絶縁体に電気を流す電池の気持ちとは、こんな感じだろうか。
六時だ、ワトソン、そのときまた話す。」
 だがその時刻よりもずいぶん早く話すことになった。その様は、先ほどホームズが扉へ駆け寄ったときに負けず劣らず肝を抜かれた。
私はしばらくのあいだ寝台にじっと横たわっている病人を見てたたずんでいた。
顔はほとんど寝具で覆われ、眠り込んでいるように見えた。
座って読書をする気にもなれず、室内を歩き回り、四方の壁に掛けられた有名な犯罪者たちの写真を見物していた。
あてもなくうろつき、やがて炉棚のところへ来た。
パイプ架け、刻み煙草入れ、注射器、折りたたみナイフ、リヴォルヴァの弾薬、その他がらくたがその上に散らかっていた。
それらの真ん中に、すべり蓋のついた白黒で象牙の小箱があった。
しゃれた小物で、詳しく見ようと私が手を伸ばすと――
ものすごい叫び声が上がった――外の通りにまで聞こえそうなわめき声だ。
そのすさまじさに全身がぞくりとして髪が逆立つ。
振り返ると目の前に、引きつった顔と色を失った目が現れる。
手に小箱を持ったまま、私はその場に立ちすくんだ。
「下に置くんだ! 置け、今すぐ、ワトソン――すぐ置くんだ!」
私が箱を炉棚に戻すや、ホームズは頭を枕に沈め、ほっとして深く息を吐く。
「自分のものには触れられたくない。ワトソン、
知っているくせに。
我慢の限界を超えている。君も医者だろう――患者を施設送りにする気か。
座ってくれ、僕を休ませてくれ!」
 この出来事は私の心の中に気まずいものを残した。
こんな乱暴で理不尽な苛立ちを突っ慳貪にぶつけられても、普段の落ち着きとはほど遠いので、心がひどく乱れていると思わざるを得ない。
およそ崩壊の中でも、高潔な心の壊れるほど嘆かわしいものはない。
私は憂鬱な気分でじっと約束の時間まで座っていた。
私に同じくホームズも時計を気にしていたようだった。六時になるかならないかというとき、先ほどと同じ勢いで話し始めたのだ。
「さて、ワトソン。」とホームズ。
「懐に小銭はあるか?」
「ああ。」
「銀貨は?」
「それなりに。」
「半クラウンが。」
「五枚。」
「うむ、少ない! 少なすぎる! 残念だね、ワトソン! だがその量なら時計入れにも入る。
残りの金をみんな腰の左に入れるんだ。ありがとう。これで前よりも釣り合いが取れた。」
 分別のない譫言だ。
ホームズは身を震わせ、再び咳とも嗚咽ともつかない音を出す。
「ではガスをつけたまえ。ワトソン、気をつけてくれ、ちょっとでも半分以上の明るさになると困る。
本当に注意したまえよ。
ありがとう、結構だ! いや、覆いを掛けるに及ばんよ。
今度はすまないが、この机の上に、手が届くよう手紙と紙を頼む。ありがとう。
今度は炉棚からゴミを少々。
結構だ、ワトソン! そこに角砂糖鋏がある。すまないがそいつであの象牙の小箱を持ち上げてくれ。
その紙のあたりに置くんだ。よろしい! 
では、君はカルヴァトン・スミス氏を連れてきてよい。ロウア・バーク街十三だ。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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