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ホーム青空文庫シャーロック・ホームズ コレクション 最後の挨拶

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Sherlock Holmes Collection His Last Bow シャーロック・ホームズ コレクション 最後の挨拶

The Adventure Of The Dying Detective 瀕死の探偵 6

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「ドオシテ?」と小男は訊いた。
「ホームズくんはどうしてボクが自分の窮地を救えると?」
「東洋の病に詳しいから、と。」
「しかし、どうしてまた、自分のかかっている病が東洋のだと考えたのカナ?」
「それは、仕事上の調査で、埠頭の中国人水夫に混じって働いていたからだと。」
 カルヴァトン・スミス氏はにこやかに微笑み、喫煙帽を拾い上げた。
「ああ、なるほど――なるほどォ。」と小男。
「キミが思ってるほど具合は悪くないと思うよォ。
発病して何日ィ?」
「三日ばかり。」
「うなされるゥ?」
「時折。」
「ちょっ、ちょっ! そりゃ深刻だねェ。呼ばれて行かなきゃ、人として駄目だよねェ。
仕事の邪魔をされるの、すっごく嫌なんだけどォ、ワトソン博士、今日だけは本当に例外ですよォ。
すぐお供しますヨ。」
 私はホームズの指示を思い出した。
「実はまだ別の用件がありまして。」
「結構、ボクひとりで行くヨ。どこかにホームズくんの住所は控えてあったネ。
大丈夫、遅くとも、三十分のうちには行くからねェ。」
 私は不安いっぱいでホームズの部屋に戻った。
万一のことが留守中に起こっているかもしれない。
一安心できたのは、そのあいだにずいぶん快方へ向かっていたからだ。
顔は依然と同じく青ざめていたが、うなされた気配もなく、確かに声は弱々しかったが、普段以上に口調はてきぱきとしていた。
「では、会ったのだね、ワトソン?」
「ああ、じきに来る。」
「でかした、ワトソン! でかした! 君は世界一の使者だ。」
「同行を希望していたよ。」
「ありえないよ、ワトソン。絶対にありえん話だ。
何の病かは訊かれたか?」
「イーストエンドの中国人の話をした。」
「絶妙だ! いや、ワトソン、君は友人としてできることをすべてやり遂げた。もうこの場から消えていいよ。」
「私は残って彼の所見を聞かなければ、ホームズ。」
「無論聞くべきだ。
だが、僕はこう推理する。その所見とやらは、奴にふたりきりと思わせた方が、より率直で価値のあるものになるはずだ。
この寝台の頭側の陰にちょうど隙間があるんだ、ワトソン。」
「おい、ホームズ!」
「他の選択肢はあるまいよ、ワトソン。
この隙間は身を隠すのに適当でないし、それなりに疑われるかもしれない。
でもそこしか、ワトソン、場所がない。」
突然、ホームズは窶れた顔に緊張の色を見せて起き直った。
「轍の音だ、ワトソン、急げ、ほら、僕が大事なら! 
身動きしないこと、何が起ころうと――何が起こったとしてもだ、いいかい? 
口を閉じて! じっとしている! 聞き耳を立てるんだ。」
すると、その刹那、急に発作の勢いが抜けて、要領を得た命令口調がするすると錯乱気味の低くて聞きづらいぼやきに変わる。
 その物陰に素早く身を隠すと、階段から足音が聞こえ、寝室の戸が開け閉めされる。
すると驚いたことには、しばらく何の声もしない。ただ病人の重苦しそうな息づかいと喘ぎとが聞こえるのみだ。
気配はある。人が寝台の脇に立ち、病人を見下ろしている。
とうとう不気味な沈黙が破られた。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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