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Sherlock Holmes Collection His Last Bow シャーロック・ホームズ コレクション 最後の挨拶
The Adventure Of The Dying Detective 瀕死の探偵 9
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
普段通りの声でしゃべっている――多少弱々しいかもしれないが、聞き慣れた声だ。
しばらく時が止まり、きっとカルヴァトン・スミスは驚きのあまり、相手を見下ろしているのだろう。
「素晴らしい演技をする一番の方法とは、かくあらん。」とホームズが言った。
「誓って言うが、この三日間は飲まず食わずで、先ほど一杯の水を君にもらってようやくだった。
ああ、このあたりに煙草がいくつか。」マッチをする音がした。
廊下に足音がして戸が開き、そしてモートン警部が現れる。
「すべて計画通り。この男は君に任せる。」とホームズが言った。
「あなたをヴィクタ・サヴィッジ殺害の容疑で逮捕する。」と、とどめを刺した。
「付け加えてもいい、シャーロック・ホームズ殺害未遂、と。」ホームズはほくそ笑む。
「警部、カルヴァトン・スミスさんは手間を省いて、ご自分で明かりの合図をなさってくれたのです。
ついでながら、この犯人の上着の右に小箱が入っています。出した方がよいかと。
ここに置きたまえ。裁判で有力な証拠になるでしょう。」
そのとき突然、暴れて取っ組み合いになり、ガチャガチャという音と、ぎゃあという叫びが聞こえた。
「おとなしくしてろ。」そして手錠のはまるカチャリという音。
「キミこそ被告席に引きずり出されるべきだ。ホームズ、僕よりもネ。
そっちが来て手当てしてくれと言った。ボクは気の毒で来たんだ。
一芝居打つつもりか。変な言いがかりを本当にしようと何やらでっち上げたに決まってる。
勝手にでたらめでも言え、ホームズ。どっちが正しいかなんてわかりゃ、し、な、い。」
紹介の必要もないか、カルヴァトン・スミスくんとは夕方、少し前に会ったそうなので。
「至福の時だ。」ホームズは一杯のクラレットと何枚かのビスケットで英気を養いつつ、身支度をする。
「しかし知っているように、僕の生活は不規則だから、こんな芸当もたいていの人よりは大したことない。
大事なのは、ハドソンさんに僕の様を本当らしく思わせることだった。そうすれば君のもとへ伝えに行き、今度は君のあいつのところへ。
自分でもわかると思うが、君は演技なんてからきしで、うっかりこの秘密を教えると、スミスにも僕自身が危篤だと思わせることも無理になる。そこがこの計画全体の要なのだから。
あの執念深い性格からして、自分の仕掛けを見届けに来ることは、間違いないと確信していた。」
額にはワセリン、目にはベラドンナ、頬骨には紅、唇の周りには蜜蝋を薄くつけて乾かす。
これで思った通りの効果が生み出せる。仮病という主題で、僕もときどき小論文でも書いてみたくなる。
時折挟んだ銀貨や牡蠣といった脱線話は、譫言と思わせるのには覿面だ。」
「しかし、なぜ近寄らせてくれなかったのだ、本当は感染しないんだろう?」
いくら何でも、君のめざとい診察にかかれば、死にかけだなんて思ってもらえそうにない。弱っているとはいえ、脈も体温も正常なのだ。
ああ、ワトソン、その箱には手も触れていない。見ればわかると思うが、開けると横から毒蛇の牙よろしく発条が強く飛び出す。
これと似た仕掛けで哀れサヴィッジは、あの怪物との財産争いのために死に追いやられた。
そもそも僕宛の郵便物はご存じの通り様々だから、届くものはどんな荷物でも多少警戒している。
とはいえ、思った通りだ。策略にはまったと見せかければ、油断して自白させらせる。
一芝居、真の芸術家のなせる技をもって、打って差し上げた。
ありがとう、ワトソン、まだ外套を自分では着られなくて。
警察署の用事が済んだあとでも間に合いそうだから、シンプソンズで栄養のあるものでもどうかな?」
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo