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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還

The Adventure Of The Empty House 空き家の冒険 6

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
私は友にこのことを注意しようとすると、彼は焦ら立たし気に何か叫んで、街路の上を見つめ続ける。
彼は足をもじもじさせ、また指で壁をたたいた。
これは彼がどうも、計劃がうまくゆかないので、じりじりし出したのであると解った。
その中に夜はますます更けて来る、――人々の影はますます少なくなって来る、――彼はますます焦ら立ったもののように、室の中を歩き始めた。
私は彼にちょっと耳打ちしようとした途端に、私は目を前方の明るく光っている窓に向けると、私はまた以前の場合にも劣らず、あっと驚かされてしまった。
私はホームズの腕をとって、上の方を指さしながら叫んだ。
「おい、あの影像は動いてるよ!」
 窓に映っている影像は、もう横顔ではなく、後の方をこっちに向けていた。
 三年間の年月も、決して彼の性質の粗※(「米+慥のつくり」、第3水準1-89-87)さを円滑にはしてくれなかった。彼の例の性急さが、彼の本来の持ち前の智的聡明さにもなく、粗忽なようであった。
「そりゃもちろん、動いてるさ」 しかし彼もまた云った。
「ワトソン君、いくら何でも僕はまさか、不動の木偶を立てて、それで欧羅巴で最も敏感な連中を、瞞著し得ると思うような、たわけ者ではないつもりだよ。
俺達がこの室に来てから、もう二時間になるが、ハドソン夫人はその間に八回、あの塑像に変化を与えていてくれるのだ。つまり十五分毎に一回ずつ変っているわけさ。
しかしもちろん彼の女は、その操作を灯火の向うからやっているので、それは決して見えっこはないんだがね。ふふふふふふ」
 彼は少し興奮して来て、ちょっと調子が高く息せきこんだ。
しかしまた幽かな光線の中を透して見ると、彼の頭は前方に伸ばされ、全身の姿勢が、注意の集中のために緊張していた。
先に戸口のところに跼って風を避けた二人の者は、まだ居たのかもしれないが、しかしもう私には見えなかった。
もう四囲はすべて寂然とし、また暗澹としたが、しかしただ例の黒い半身像を中央に映していた、黄色い窓かけの窓だけは、煌々として明るかった。
再び私は、極度の静寂の中に、シューシューっと云うかすかな音をきいたが、それはやはり、興奮して来る息づかいを秘めているに相違なかった。
それからちょっとすると、私の友人は、私を漆黒な角の方に連れ立った。そして彼は私の唇に、警告のための手を押しあてて来た。
私を握んでいる友人の手は、流石に顫えていた。
私はこの時ほど、友人が動揺させられているのを見たことはなかった。しかも暗澹とした街路と見れば依然として吾々の前に、寂しい無変化のまま展開されていた。
 しかし俄然私の友人の鋭い感覚が、敏く識取していたものを、私の感覚も受け取った。
すなわち低い低い、忍び入るような音が、私の耳の底にかすかに響く、――しかもそれは、ベーカー街の方からではなく、自分達が隠れ忍んでいるこの家の後の方から来る音である。
扉は開けられ、扉は閉められた。
やがて廊下に忍びこむ音、――それから秘めに秘められた足音。しかしどんなに忍ばせてもやはり、空家の森閑とした中には、荒々しく反響する、
――ホームズは壁の側に、這い寄ったので、私も彼に従って、壁の側に寄って跼った。そして拳銃の引き金に、しっかりと手をかけた。
濃い暗黒を通して見つめると、その暗黒の中に巨大な男の輪廓が、開け放たれた扉の暗さよりもいっそう濃く黒く見えた。
それからその姿は、ちょっとの間立ち止まったが、やがてまた跼った這う形になって、威嚇するような姿勢で、室の中に入って来た。
もう吾々の直前三碼のところである。私はこの悪相の姿が、飛びかかって来はしまいかと思って、身構えて用心したが、しかしその姿は、吾々の存在に気がつかないのであった。
それからその姿は、我々のすぐ側を通りすぎて、窓に忍び寄って、実に静かに窓を半呎ばかり開けた。
そしてその者は、開けられた線まで、頭を屈め下げて来たので、今までは埃のかかった硝子で、外光を遮られて見えなかった顔に、外光が直接にあたって光った。
その者はたしかに興奮のために、夢中になっているに相違なかった。
その目は烱々と輝き、その顔は、緊張のために引きつけていた。
もうかなりの年輩の、鼻は細くて高く突き出た、額は高くて禿げ上った、そして大きな灰色の髭のある男、――。
高帽子をアミダにかぶり、夜会服の胸が、開いている外套から光って見えた。
深い皺が刻まれて、痩せて角ばった、いかにも獰猛な相であった。
ステッキのようなものを手に持っていたが、それを床の上に置いたら、金属性の音を発した。
それから彼は、外套のポケットから、嵩ばったものを取り出して、いかにも慌てているように、手早く何か仕事を始めた。そしてその仕事は、スプリングか釘のようなものが、ガチャンと嵌まりこんだような音をたてて終った。
それから今度はなお膝まずいたままで、一本の挺子のようなものに、全身の重さと力をかけて、捻じ廻すような、磨りつけるような音もたてたが、最後にやはり大きな音を立てて、この仕事も終った。
彼は立ち上ったが、手にしたものを見ると、はなはだ珍稀な台尻のついた、一種の鉄砲のようである。
彼は銃尾を開いて何か装填し、そして遊底を閉じた。
それから彼は、身を屈めて開かれてある窓の縁に銃の先端を置き、爛々たる眼光で照準はつけられた。その重い髭も銃床の上に垂れかかっている。
銃床を肩につけた彼は、満足らしく溜息を漏らす、――しかも更に驚いたことには、その照準された銃口の延線は、かの黄色い窓かけの上の、真黒い影像ではないか! 
その男はしばらくは不動のままである。
やがて指は引金にかかった。
異様な高い風を切る音、――それから銀のような、硝子を破る音、――。
と、これに間髪を容れず、ホームズはその時手に虎のように躍りかかって、彼を打ち伏せに投げつけた。
しかし投げられた彼は直に起き上って、ホームズの咽喉を、死に物狂いで締めて来た。しかし私は彼の頭を、ピストルの尻で打ちつけたので、彼はまた床の上に倒れた。
私は彼を押さえつけると、私の友人は合図の甲走った声を発すると、
外の舗道の上には、靴音の急ぐのがきこえ、やがて正面の入口から、二人の制服巡査と、一人の私服の刑事巡査とが上って来た。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami
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