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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還
The Adventure Of The Empty House 空き家の冒険 9
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
モリアーティ教授は、彼によく金をくれ、そして普通の犯罪者などは使えない、ごく高級な仕事の場合にだけ、一二度使ったのだ。
そうだ、君はあの一八八七年に、ラウダーに突発した、ステワート夫人の死を知っているだろう、
――ね? 知っているね? そうだ、あの事件の底にはこのモランが隠れていたのだが、どうしても証拠を上げることが出来なかったのだ。
モリアーテー教授の一党が、解散となった際にも、彼は実によく隠れて、遂に我々は彼を有罪にすることは出来なかった。
君はあの僕が君の室を訪ねて、ひどく空気銃を恐れて、神経質に閉めたことのあったのを、知っているだろう。
実際僕は、この恐るべき空気銃と、その後には更に畏怖すべき名射手の居ることをよく知っていたので、僕はやはりああせざるを得なかったのだ。
われわれがスイッツァランドに居た時に、モリアーティと共に俺達に尾けたのも彼であるし、またライヘンバッハの滝の断崖で、僕に呪うべき五分間を与えたのも、明かに彼であったからね。
僕はフランスに滞在中も、もしや彼に尾けられはしまいかと云うことを警戒するためによく注意して新聞を読んだ。
たしかに彼がロンドン内に健在の中は、僕の生命と云うものは、全く生き甲斐もなく威嚇されたものであった。
昼夜の別なく、彼の幻影は僕の眼前に彷彿とする。そしてまた狙われることになると、いつかはチャンスが来ることに相違ない。
僕は全く途方に暮れざるを得ないではないかね。僕は彼を見つけ次第、撃つわけにもゆかない。そうすればもちろん、僕は被告席に立たなければならないことはきまった話だ。
官憲に訴えてももちろん何の効果のあることでも無い。
彼等とて出鱈目な嫌疑で干渉を入れるわけにもいかないからね。
しかし僕はまた逆に、新らしい犯罪に注目して、彼を逮捕する機会の来ることを待った。
これだけの経路を知って、さてなお彼をその真犯人ではないと思うかね?
彼はあの若者と骨牌をやった。それから彼は倶楽部から若者に尾けて来た。そして開かっていた窓を通して、一弾を狙い放した。
早速見張りの者の目に止まってしまった。思うにあの見張りの者は、モラン大佐に通告したであろう。
彼は流石に自分の犯罪と、僕の帰還の因果関係を等閑には附さなかった。彼は明かに驚愕した。
それで更に僕は考えた。彼は早速僕を打ち取るために邀撃するであろう、――しかもそれにはかの怖るべき殺人兇器を使用するに相違ないと、
――それで僕は窓に、鮮かな目標を示してやったのだ。そしてしかも一方警官たちにもいずれ通諜しておいた。話の序だがワトソン君、――君もあの場で感づいたに相違ないが、警官はいささかの猶予もなく、やって来たろう。僕は実は、観察に最も都合のよい場所をと思って、あそこを選んだのであったが、何ぞ図らん、彼の仕事場とかち合ってしまったのだ。
さてわが親愛なワトソン君、まだ何かこの上にも説明しなければならないことがあるかね?」
「君はまだ、モラン大佐が、どうしてロナルド・アデイア氏を殺害したかと云う動機については、一言も触れないではないか」
「ああそうか、しかしワトソン君、これから先はもうどんなに理論的な推理でも、結局は臆測と云わなければならない世界になるんだがね。
まあ双方で、解っているだけのことを基本として、仮説を立ててみよう。そしてお互に訂正し合おうじゃないかね」
「うむ。いやまあ、事実を想定することも、そう至難なことでもないと思うがね。
第一、モラン大佐とアデイア青年とは、その仲間の間で、かなりの金を勝ったと云うことは、もう明かになっているのだ。
そこで僕が考えるには、モラン大佐はもちろん不正をやっていたに相違なかったのだ。この事は僕は以前から、気がついていたことであった。
それでこのアデイア青年殺害の日は、モラン大佐はアデイア青年に、その不正行為を看破されたに相違ない。
そこで実によく想像されることは、アデイア青年は、そーっとモラン大佐に、早速倶楽部員たることを辞し、併せて今後は一切骨牌を手にしないと云うことを条件とし、もしこれを容れない場合は、その不正事実を暴露すると嚇したに相違ないことだ。
何しろアデイア青年のような若い者に、その親しく知っている、しかもごく年長の者を、現に誹謗すると云うことは考えられないことだからね。
しかし倶楽部からの除名と云うことは、その骨牌の不正利得で生活しているモラン大佐にとっては、まさしく身の破滅である。
そこでモラン大佐は、アデイア青年が、相手の不正行為のために、誤魔化された利得の計算を、正しく計算し直している時に、殺害してしまったのである。
アデイア青年がドアに鍵をかけたのは、夫人たちが闖入して来ないように、――なお更に、自分が書きつけている人々の名前や、貨幣などについて、五月蝿い追求を避けるためであったと思う。
「ふむ、なるほど、そう云われれば、ずいぶんよく筋道が立っているね」
「まあこうしたことは、審理によって、いよいよ確証され、あるいは覆されよう。
まあとにかくかくして、モラン大佐はもう、吾々の煩累となることはなくなったし、
あのフォン・ヘルダーの有名な空気銃は、警視庁の陳列館の、珍品として並べられよう。そしてこのシャーロック・ホームズ先生はまた、ロンドンの複雑した生活の齎す幾多の興味ある問題の検討に、思うままに生涯を捧げることが出来ることになったと云うわけだ」
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami