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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還
The Adventure Of The Norwood Builder ノーウッドの建築家 2
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「ワトスン、その新聞の、問題の記事を読んでもらえないか?」
客人が引用した活力あるヘッドラインの下に続いた、示唆に富む記事を私は読み上げた。
昨夜遅く、あるいは本日未明、ロワーノーウッドで事件が発生した。重大な犯罪の可能性が懸念されている。
ミスター・ジョナス・オールデイカー(52)はこの郊外の有名な住人であり、長年、この地方で建築家としての業務に携わっている。
氏は独身であり、ディープ・ディーン道路の端のシデナムにあるディープ・ディーン・ハウスで暮らしていた。
ここ数年、実質的には事業から撤退していたが、すでに相当の財産を築いていたと言われている。
しかしながら、住居の裏に小さな木材置場が依然として存在しており、昨晩12時ごろ、木材から火が出ているという通報があった。
消防局がすぐに駈けつけたが、乾いた木材は猛烈な勢いで燃えあがり、すべてが完全に燃え尽きるまで止めることはできなかった。
ここまでは一見、ありふれた退屈な事件のようであったが、重大犯罪を示す痕跡が明らかになった。
この火災の現場に施設の所有者が見当たらないことに驚きの声が上がり、聴取の結果、住宅から姿を消してしまったことが判明した。
室内を調査すると、ベッドに入った跡はなく、金庫が開かれており、重要書類が部屋中に散らばっていた。そのうえ、殺意に満ちた格闘が行われた跡や血痕が部屋中で見つかり、柄に血痕のあるオークのステッキが発見された。
昨晩遅く、寝室に客を迎えたということで、発見されたステッキの所有者はこの人物であると確認された。ロンドン事務弁護士ジョン・ヘクター・マクファーレン、西中央区グレシャム・ビルディングス426のグレアム・アンド・マクファーレンに籍をおく人物である。
警察は犯罪への強い動機を裏付ける証拠を握っていると考えており、センセーショナルな展開が続くことに疑問の余地はない。
後記――脱稿後、ミスター・ジョン・ヘクター・マクファーレンはすでに、ミスター・ジョナス・オールデイカー殺害の容疑で逮捕されたという噂が飛びこんできた。
少なくとも、令状が発行されていることは間違いない。
ノーウッド事件は、さらなる不吉な展開を迎えそうだ。
不運な建築家の部屋に見られた格闘の跡に加えて、寝室(1階)のフランス窓が開け放たれていたこと、何かかさばるものを木材置場へ引きずった跡があること、そして、黒焦げの物質が火災の現場から発見されたらしいことが、現在までに判明している。
警察は被害者がきわめてセンセーショナルな犯罪に巻き込まれたという見解を持っている。犯人は、寝室で被害者を撲殺し、書類を奪いとり、遺体を木材置場まで運び込んで、犯罪の痕跡をすべてを焼却しようとしたとのことだ。
調査はスコットランドヤードのベテラン刑事、レストレイド警部の手に委ねられ、警部は例のごとく活力と聡明さをもって手がかりを追っている。
シャーロック・ホームズは、目を閉ざし、指先をつき合わせて、この驚くべき記事に耳を傾けていた。
「たしかに、興味深い点もありますね」と、ホームズはこともなげに言った。
「まずですよ、ミスター・マクファーレン、どうして今もまだ自由の身でいるのですか? 逮捕されるのに十分な証拠があるように思えますが」
「私はブラックヒースのトリングトン・ロッジに両親と暮らしています。ですが昨日の夜は、ミスター・ジョナス・オールデイカーと遅くまで仕事をしなければならなかったものですから、ノーウッドのホテルに泊まりました。
事件のことは、事務所に帰る列車の中で知りました。いまあなたが耳にした記事を読んだときに。
それと同時に、私が恐ろしく危険な立場にいることに気付き、事件をあなたの手に委ねようと急いでやってきたのです。
事務所や家にいたとしたら、とっくに逮捕されていたに違いありません。
男が1人、ロンドン・ブリッジ駅から尾行してきました、あれは間違いなく――む、これはいったい?」
呼び鈴が鳴り響き、つづいて階段をのぼる重々しい足音が聞こえてきた。
一瞬の間があって、我々にとって昔馴染みの友であるレストレイドが戸口に現れた。
その肩の向こうから、外にいる1人か2人の制服警官の視線を感じた。
「ミスター・ジョン・ヘクター・マクファーレン?」と、レストレイドは言った。
「ロワーノーウッドのミスター・ジョナス・オールデイカー殺害容疑で逮捕する」
マクファーレンは我々に絶望の身振りを示すと、崩れこむようにもういちど椅子に座りこんだ。
「30分前後の遅れが出ても違いはないだろう。こちらの方は、このきわめて面白い事件について説明をしてくれるところだったんだ。それを聞けば、事件を整理するのに役立つと思うよ」
「事件の整理は、何ら支障もなく行えると考えますが」とレストレイドは苦々しげに言った。
「それでもやはりね、もし君さえよければ、この方の説明を聞いてみたいんだよ」
「ま、ミスター・ホームズ、あなたの申し出を拒絶するわけにはいきませんね。以前も若干警察の役に立ってくださったことですし、我々スコットランドヤードも大きな借りを作っていますから」とレストレイド。
「ただし、私も容疑者と一緒に残らねばなりません。職務上、警告しておきますが、容疑者の発言は、容疑に対する証拠として扱われるでしょう」
「ただ、真実に耳を傾け、真実を認識していただきたいだけです」
「まず最初にお断りしますが、私はミスター・ジョナス・オールデイカーをまったく知りませんでした。
何年も昔、両親の知人だったということで名前は聞いていましたが、今はもう両親とのつきあいもありません。
ですから、昨日の午後3時ごろ、ミスター・オールデイカーが事務所にきたときには驚きました。
あの方は、数枚の走り書きを――これです――テーブルに出しました。
『ミスター・マクファーレン、これを法的な形式に整えて欲しい。
「私はさっそく写本を作ることにしました。ところが読んでみると、条件つきで、その財産すべてを、私に遺すというのです。それを見たときの私の驚きを想像できますね?
ミスター・オールデイカーは体の小さい風変わりな人物で、白い睫毛をしたフェレットのようでした。目を上げると、鋭い灰色の瞳が私のほうを楽しそうに見つめています。
遺言書の内容を読んでも、私には自分の感覚を信じられませんでした。説明によると、あの方は独身であり、親類もほとんど死んでしまった。私の両親とは若い頃の知り合いだった。常々、私がとても立派な若者であると聞いている。そして、自分の財産を価値のある人間の手に収めてもらいたいのだ、と。
当然、私には感謝の言葉をどもりながら繰り返すことしかできませんでした。
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Kareha