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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還
The Adventure Of The Solitary Cyclist 孤独な自転車乗り 2
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「はいホームズ先生、シリル・モートン、電気技師でこの夏の末には結婚するつもりです。
申し上げたいのは、ウッドリさんは実にいやらしい方なのですが、カラザズさんの方はお年をお召しでも感じのいい方で。
黒髪で血色も悪く、髭もなく寡黙なのですが、礼儀正しく笑顔も素敵です。
あの方はわたくしどもの身の上を尋ねられて、ひどく貧しいとわかるや、一〇歳になる一人娘の音楽教師として来ないかとお誘いを。
わたくしが母のそばは離れたくないと申しますと、週末は家に帰って構わない、年に一〇〇払うと。破格のお給金です。
それで受けることに決まりまして、ファーナムから六マイルばかり離れたチルタン・グレインジという屋敷へ出向きました。
カラザズさんは奥さまを亡くされてましたが、家の切り盛りについてはディクソンさんという立派な年輩の家政婦をお雇いで。
カラザズさんはお優しく音楽もお好きで、夕べの集いはとても楽しいものでした。
そして週末になると街にいる母のところへ帰る次第です。
わたくしの幸せに入った第一のひびは、あの赤髭のウッドリさんが来たことです。
滞在は一週間でしたが、ああ! わたくしには三ヶ月にも思えて。
とんでもない人でした――誰にとっても横暴ですが、わたくしに対してははるかにひどく。
いやらしく言い寄ってきて、自分の財産を自慢し、結婚したらロンドン一のダイヤをやろうとも言いまして、あげくいつもわたくしが取り合わないものですから、ある日の夕食後、わたくしの腕をとって――しかも恐ろしい力で――口づけしてくれるまで放さないと言い立てるのです。
カラザズさんが間に入って引き離してくれましたが、あの男は家主に飛びかかって殴り倒してしまい、顔に怪我まで。
訪ねてきたのがそれきりなのは申し上げるまでもなく。
明くる日カラザズさんは謝ってくださって、こんな無礼には二度と遭わせないとわたくしにお誓いを。
ここからがホームズ先生、いよいよ本日ご相談にあがりました特別の事情になるのですが、
まずわたくしが毎週土曜の午前に、一二時二二分の街行へ間に合うようファーナムの駅まで自転車に乗ることをご承知おきください。
チルタン・グレインジからの道のりはひとけがなく、とりわけひどいところが一ヶ所ございます。ちょうど一マイルほどにわたっておりまして、片側がチャーリントンの荒れ地、もう片側がチャーリントン館をめぐる林になりますから、
あれほどひっそりしたところはどこにもないと言っていいほどで。クルックスベリの丘近くの街道に来るまでは荷馬車一台、いえ農夫ひとりに会うことさえありません。
二週間前、このあたりを通っておりました折、ふと肩越しに振り返ってみますと、二〇〇ヤードほど後ろに男がひとり見えまして、同じく自転車に。
ファーナムの手前でも振り返りましたが、姿はございませんのでそのときは別に気にもとめませんでした。
ところが、どんなに驚いたかご想像くださいましホームズ先生、月曜に戻る際、同じ男を同じ道のあたりで目にしたのです。
さらにまた、まったく同じことが続く土曜月曜ともう一度あったものですから驚きはいや増して。
相手は常に距離をとって、わたくしに触ったりはしないのですが、それでもやっぱり妙で。
カラザズさんにその話をすると、わたくしの申し上げたことにご関心を持たれたようで。軽馬車を頼んでおくから、今後ひとりではそのひとけのない道を通らないようにと。
その軽馬車は今週来るはずでしたが、何かのわけで届かず、わたくしはまた自転車で駅まで行くことに。
ご想像通り、チャーリントンの丘にさしかかるあたりで目を見張ると、またしても男がいたのです、二週間前と同じように。
いつもわたくしから離れてますから、顔ははっきりと見えませんが、見知らぬ相手なのは確かです。
今日は驚きこそしませんが、妙に気になって参りまして。何者で何が目的なのか、暴いてやろうと考えました。
わたくしは自転車の速度をゆるめたのですが、向こうもゆるめましたので、
その道には急な曲がり角がありまして、わたくしは全力で漕いで素早く曲がり、そこで止まって待ちました。
予想では相手が急に曲がって止まれずにわたくしの前を通り過ぎるはずだったのですが、現れないのです。
そこでわたくしは引き返して、角から後ろをのぞいてみますと、
その上おかしなことに、その地点には入り込むような横道はないのです。」
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo