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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還
The Adventure Of The Solitary Cyclist 孤独な自転車乗り 5
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
明くる朝、スミス嬢からの知らせを我々は受け取った。私の見た出来事がそのまま手短に書かれていたが、手紙の核心は追伸にあった。
ご内密にしてくださることと存じますが、ホームズ先生、実を申しますとわたくしの立場が難しくなって参りました。と申しますのも、雇い主がわたくしに求婚なすったのです。
あの方は断りの返事を重くかつ寛い心でお受け止めになりました。
とはいえ、少々苦しい立場もご理解いただけるかと存じます。
「我らが若いご友人は泥沼にはまりつつあるらしい。」と手紙を読み終えるとホームズが悩ましげに言った。
「この件はどうもはじめ考えた以上の妙味と発展性を見せている。
田舎で物静かな一日も悪くない。今日の午後はひとつ出向いて立ててみた仮説をひとつふたつ試してみることにしよう。」
ホームズの言う田舎の物静かな一日は、結果妙なことになった。夜遅くベイカー街に戻ってきた友人は、唇を切っているわ額には変色した瘤があるわで、おまけに全身の格好はスコットランド・ヤードのおたずねものがふさわしくらいの遊び人然としたものだった。
今日の冒険がすこぶる愉快だったらしく、友人は大笑いしながらその話をしてくれた。
「滅多に身体を動かさないから、たまの運動が格別になる。」と友人。
「知っての通り、僕は拳闘という英国なじみの競技にそれなりの心得がある。
折に触れてそれが役に立つ。たとえば今日も、それがなければまったくひどい辱めに遭うところだった。」
「田舎の酒場を探してね、先だって君へ勧めたように。そしてそこで目立たぬよう聞き込みをした。
売台に陣取ると、おしゃべりな主人が知りたいことをみな聞かせてくれた。
ウィリアムソンは白い顎鬚の男で、館にわずかな使用人とともにひとり暮らしているらしい。
噂によると、現役のもしくは元牧師とのことだが、長くない館生活では、かなり聖職者らしくないと思われる振る舞いがあるとか。
牧師斡旋所に照会してきたが、かつては位階にその名があったとのことで、経歴については不思議とわからない。
主人のさらなる話では、館にはたいてい週末に客があるらしく――『あらくれものたちですぜ』――とりわけ赤髭の紳士、つまりウッドリがいつもいるらしい。
と、ここまで来たところで入ってきたのが当の本人、酒場で麦酒を飲んでいて、一切の会話を聞いていたらしく、
何者だ、目的は何だ、どういうつもりでそんなことを聞く、
一通りの暴言の締めはきつい裏拳一発、僕もかわしきれなかった。
それからの数分が爽快でね、力押しのごろつきに対し、左の正拳だ。
かくして田舎の旅はおしまいで、正直のところ楽しかったが、サリー外れへの出張の成果は、君と大して変わりなかったよ。」
こう申し上げてもご納得かと存じますが、ホームズ先生、わたくしカラザズさんの元からお暇いただきました。
いくらお給金がよくても、今の立場の息苦しさの埋め合わせにはなりません。
カラザズさんは馬車を入手なさったので、あのひとけのない道の危険は、あったにしてももう済んだことです。
去ることにした特別の事由としましては、ただカラザズさんとのあいだが気まずくなっただけでなく、あの嫌らしい男のウッドリさんがまたぞろ現れたからです。
いつだって恐ろしいのですが、前以上にひどく感じられまして。と申しますのもまるで事故に遭ったみたいなひどい傷があったのです。
窓の外から見ただけですが、本当に顔を合わせなくてよかったと思います。
あの男はカラザズさんと長々と話をして、果てには熱くなっているようで。
ウッドリは付近に住んでいるものと存じます。この屋敷には泊まらず、今朝もまた、藪のなかをのそのそと歩く姿も目に致しましたし。
いっそこのあたりに獰猛な野獣でも放した方がましです。
わたくしは口では言いきれないほどあの男を恐れ嫌っております。
カラザズさんはどうしてあんな人物に我慢おできなのでしょう。
ともかくも、この土曜でこの悩みもみなおしまいになるはずです。
「なるほど、ワトソン、なるほどだ。」とホームズの深刻な声。
「あの娘の周囲には何か底知れぬたくらみが巡らされている。最後の帰り道で彼女の妨害をするものがないよう見届けるのが我々のつとめだ。
思うにワトソン、僕らは土曜朝に暇を作ってふたりして出向き、この奇妙な調査一切を不首尾な結果に終わることのないようにせねば。」
正直のところ、私はこのときまでこの件をさして深刻に見ていなかった。危険というよりは奇々怪々なものに思えたのだ。
男が待ち伏せして美女をつけ回すことも聞かないことではないし、それに男が小心者で話しかけられないどころか、相手に近づかれて逃げ出すほどなら、その男は恐ろしい暴漢でもなかろうてと。
ごろつきウッドリはまったく別種の人間だが、一回を除いて我々の依頼人に直接の危害を加えていない上、今はカラザズの屋敷を訪れても彼女の前に現れることはない。
自転車の男も酒場の主人の言う館の週末の集いに参加していることは相違ないが、何者で目的は何なのかいまだはっきりしない。
だがホームズの振る舞いが物々しいことや、部屋を出る前にリヴォルヴァを懐に滑り込ませたことからも、結果として悲劇がこの一連の出来事の裏に潜みうるという思いをも持たせるのだ。
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo