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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険
The Adventure Of The Speckled Band まだらのひも 11
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
深刻な面持ちでランプをつけ、ホームズは先に立って廊下を進んだ。
部屋の扉を二度叩いたが、中からは何の返事もなかった。
取っ手を回して、ホームズは中へ入る。私も後に続いた、引き金に指をかけつつ。
卓上には、半分窓を開けた角灯が置かれてあり、それから流れ出る一条の光の中に、戸の開いたままの金庫が見える。
机のわきにある木の椅子に、グリムズビ・ロイロット博士が、長いねずみ色の化粧着に身を包み、つきだした素足にかかとのない赤のトルコ・スリッパをつっかけて腰をかけている。
そして膝の上に、短い柄に長いひものついた鞭がある。昼間この部屋で見たものだ。
あごは上向きで、目は強く見開かれ、天井の隅をにらみつけている。
額の周囲には、褐色の斑がついた黄色い妙なひも状のものがおり、頭をきつくしめつけていた。
我々が入ったときには、博士は口も聞かず、身動きもなかった。
「ひも! まだらのひも!」と、ホームズはささやいた。
と、博士の頭を巻いていたあやかしが動き始め、髪の毛の中からずんぐりと太い菱形の頭を持った忌まわしい蛇が、ぬっと鎌首をもたげたではないか。
「毒沼蛇!」ホームズが声を張る。「インドでもっとも恐るべき蛇。
暴力は我が身に返るが必然。策士は仕掛けた穴に自らはまる。
この毒蛇を巣の中へ追い込もう。そしてストーナさんを安全な場所へ移し、地元の警察へ事の次第を報告だ。」
言い終わるやホームズは死人の膝から素早く鞭をとり、その鞭の先の輪を毒蛇の首にかけ凶行の場から引き離すと、蛇を腕いっぱいに伸ばして運び、鉄製の金庫の中へ投げ入れ閉じこめた。
以上がストーク・モランのグリムズビ・ロイロット博士の死の真相である。
ここまでの話が長くなったので、その後のことは簡単に話そう。我々はふるえるご婦人に悲劇を告げ、早朝の汽車でハロウにいる善良な叔母の元へ送り届けた。警察の調べには時間がかかったが、危険なペットの取り扱いを誤ったための事故死と結論づけられた。
まだ腑に落ちない点はあったが、ホームズは私に、翌日の帰りの車中で教えてくれた。
「はじめ僕はまったく誤った推定を下していた。不十分なデータで推理を行うと危険だといういい一例だ。
ロマがいた。『ひも』という言葉を哀れなご婦人が口走った。つまりそれは、マッチを擦ったとき、一瞬何かの姿を見たことを表している。だがそれがかえって僕を誤った方向へ追いやった。
ただ幸いだったと言えるのは、すぐ考え直せたことだ。部屋にいる人物をおびやかす危険が何であったにせよ、それは窓や扉から入ったものではないとはっきりしたのだから。
前にも話したとおり、僕の注意はすぐさま通風口と寝台の上に垂れ下がる綱とに向けられた。
それが飾りであること、寝台が床に固定されていることを知って、すぐにこの綱は何かが穴から寝台へ伝うための橋渡しをしているのではないか、という考えが浮かんだ。
蛇の姿がさっと頭によぎる。博士がインドから動物を取り寄せていることを考え合わせると、信憑性が出てくる。
毒物にも、どんな試験でも検出されないものがある。それを使うとは、さすが東方で仕事をした男の悪知恵と言うべきか。
しかもこの毒には即効性があり、この点でも都合がいい。
毒牙の食い込んだところには、ごく小さな黒い傷がふたつ残るだけだから、目の利く検視官でないかぎり見逃して当然だ。
無論、朝になって相手にばれてはいけないから、博士は蛇を呼び戻さねばならぬ。
そこで訓練をした。あの牛乳でも使ったのか、呼べば戻るようにしたわけだ。
頃合いを見計らって毒蛇をあの通風口へ向かわせ、蛇は綱を伝い寝台へ下りる。
一度で噛むとは限らぬから、一週間のあいだは毎晩うまく避けられたのだろうが、遅かれ早かれ、その犠牲となるに違いない。
ここまでの結論には、博士の部屋へ入る前にたどり着いていた。
椅子を調べると、上に博士がしばしば上がっていることが分かった。もちろん通風口に手を届かせるために必要だ。
金庫、牛乳の皿、先を輪に結んである鞭、これらを見れば、もはや少しの疑問を残すところもない。
ストーナさんの聞いた金属音は、博士が怪物を戻して大急ぎで金庫の戸を閉めた音に相違ない。
このように考えを煮詰めた上で、証拠を握ろうとあの通り行動に移ったわけだ。
僕は、しゅっしゅっとあの生き物が音を立てたのを聞いて――君も聞いたね――そこでさっとマッチを擦って、一発食らわせた。」
僕が杖で数発痛めつけたから、引き返しながら本性をむき出しにして、目にとまった最初の人間にかみついた。
だから僕は博士の死に間接の責任があると言えるが、さりとて、大した良心の呵責を感じそうにない。」
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo