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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

The Adventure Of The Speckled Band まだらのひも 10

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
木々のあいだをかいくぐると芝地に出た。通り過ぎて窓から中へ入ろうとしたとき、突然、月桂樹の茂みの中からおぞましい怪物のようなものが飛び出し、草の上を転がった後、そのまま芝地を通り過ぎて闇の中へ駆け込んでしまった。
「なんと!」私は息を呑む。「見たか今の?」
 ホームズもそのときは動揺したらしく、
私の手をぎゅっと握りしめたが、
すぐと忍び笑いをはじめて、私に耳打ちした。
「結構な家族だ。」とホームズはつぶやく。
「ヒヒだよ。」
 博士のかわいがっていた奇妙なペットのことをど忘れしていた。
豹もいる。ひょっとすると、次の瞬間にはそいつが肩にかみついているかもしれないのだ。
ホームズの真似をして靴を脱ぎ、窓から寝室へ入り込んだとき、正直ほっとした。
我が友人は音を立てぬよう鎧戸を閉め、ランプを卓上に移して、部屋の中を見渡した。
昼間見たときと変わりはない。
それからホームズは私のそばへ忍び寄り、両手でトランペットをこしらえ、私の耳にやっと聞こえるほどの小さい声でささやいた。
「かすかな物音が計画を台無しにする。」
 分かったと私はうなずく。
「明かりを消して、じっとする。
通風口から漏れて、さとられるおそれが。」 もう一度うなずく。
「眠るのもなしだ。君の命に関わる。
いつでも使えるよう君の拳銃も準備を。
僕は寝台のへりに座るから、君はそっちの椅子へ。」
 私はリヴォルヴァを出して、机の隅にそっと置いた。
 ホームズは持ってきた細く長い杖を寝台に立てかけた。
そのそばにマッチの箱と燃えさしの蝋燭を並べた。
それからランプの明かりを消し、我々は闇に包まれた。
 眠ることなく過ごしたあの夜のことを、終生忘れることはない。
息を殺すと、音一つない。我が友人は数歩先で目を見開き、座っているはずなのに。私と同じように気を張りつめているはずなのに。
鎧戸が、ほんのわずかな光さえも遮り、我々は絶対の闇に待つ。
外から夜鳥の啼く声が時折、まさに目の前の窓のところで猫に似た長く引きつった鳴き声が一度。豹が放たれたに相違ない。
はるか遠くの空で教会の鐘がおごそかに響く。十五分ごとに低く強く。
十五分間がこんなに長いとは! 
十二時が打たれ、一と二と三と、それでもまだ静かに座り待ち続ける、何かが起こるのを。
 ふと通風口の方から、一瞬だけ光が漏れ、すぐ消える。続いて油が燃え、金属が熱せられるきつい匂い。
誰か隣の部屋で手提げ角灯に火をつけたのだ。
静かに人の動く気配がする。それもまもなく静まり、あとはただきつい匂いだけが残る。
半時間のあいだ、耳を澄ませる。
唐突に別の物音が聞こてくる。ごく柔らかな、穏やかな、さやさやと薬缶から湯気が噴き出すような、かすかな音。
聞こえたと思うやその刹那、ホームズが寝台から飛び上がり、マッチを擦り、引き綱に手の杖で一閃を食らわせる。
「見たか、ワトソン!」ホームズが叫ぶ。「見たか?」
 私には見えなかった。
ホームズがマッチを擦った瞬間に、低く澄んだ口笛は耳にした。だが闇になれた私の目は、突然の光のまぶしさに、ホームズが何を打ち据えるのか見定めることができなかった。
ただ見えたのは、ひどく青ざめ、恐怖と嫌悪にゆがんだホームズの顔だけだ。
 ホームズは打つのをやめ、じっと通風口の方を見上げていた。そのとき、夜の静けさを破って、この世のものと思えぬ悲鳴が聞こえてきた。
その悲鳴は徐々に大きくなり、しゃがれ声のなかに、苦しみと恐れと怒りが入り交じり、ついに断末魔の叫びとなる。
聞いた話では、村を通り越して遠くの牧師館まで聞こえ、人々の眠りを覚ましたという。
我々も肝を冷やし、私はホームズの顔を、ホームズは私を見つめたまま立ちすくんだ。やがて声も消え入り、あたりは元の静けさに戻った。
「何だ、今のは。」私は息を呑んだ。
「すべてが終わった知らせだ。」とホームズが答える。
「そう、この結末が最善なのかもしれぬ。
拳銃を持ちたまえ。ロイロット博士の部屋へ行ってみよう。」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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