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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

The Man With The Twisted Lip 唇のねじれた男 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「ここに知り合いがいる。アイザ・ホイットニさんだ。話がしたい。」
 すると私の右手から声を発して動くものがあり、薄闇のなかのぞき込むと、ホイットニだとわかった。顔は青白くやつれて、汚れてもいて、私の方を見つめる。
「これは、ワトソンじゃないか!」と声を出すものの
、薬の反動か弱々しくぼろぼろの体で、全身の筋肉が震えていた。
「そうだ、ワトソン、今は何時だい?」
「もう一一時だ。」
「何曜日の?」
「金曜日、六月一九日だ。」
「なんだって? 水曜だと思ってた。今日は水曜だよ。
こんなやつだからっておどかそうってのか?」
と顔を腕のなかに埋め、甲高い調子でびいびいと泣き始めた。
「何度も言うが、今日は金曜なんだ。
奥さんが二日も帰りを待っとる。
恥ずかしいと思わんのかね!」
「そりゃあそうだけど、訳が分からないよ、ワトソン。ここにいたのはほんの数時間で、三服、四服――数は忘れたけど、
でも一緒に家へ帰るよ。
ケイトを心配させたくない――かわいそうにケイト。
手を貸してくれ。馬車で来たのか?」
「ああ、外で待たせてある。」
「ならそれで行こう。
その前に支払いをすませなきゃ。
代金を聞いてくれ、ワトソン。
僕はもう駄目だ。
ひとりじゃ何もできない。」
 私は狭い道を歩いていく。両側では人が寝ころんでいて、薬の汚れた煙を吸って私までぼうっとならないよう気をつけながら、辺りを見回して店の主人を捜した。
火鉢のわきにいる長身の老人の横を通ったとき、ふいに衣服の裾を捕まれ、小声でこう囁かれた。「そのまま通り過ぎる。そのあと振り返り、こちらを見ること。」
と、以上の言葉がしっかり耳に入った。
私は目を落とした。
わきにいる老人がしゃべったとしか思えないが、座り込んだままうっとりしているし、がりがりで、皺だらけで、年で背も曲がり、阿片の煙管を膝のあいだからぶら下げなどしている。全身の力が抜けて、指から転げ落ちたとでもいうのか。
私は一歩前に進んで、後ろを見る。
その瞬間、驚いて声が出そうなのを押し殺すので精一杯だった。
その男は私にだけ顔が見えるようくるりと振り向いたのだが、
身体には肉がつき、皺もなくなり、うつろな目にも火が戻り、そして目の前、火のそばに座ったまま、私が驚くのをほくそ笑むのは、誰あろうシャーロック・ホームズだったのだ。
ホームズは私を招く素振りを見せてから、すぐに顔を仲間の方へくいっと戻したが、もうよぼよぼで口元のゆるんだ老人に身をやつしていた。
「ホームズ!」と私は囁く。「いったいこんなところで何をしている?」
「できるだけ小声で。」とホームズが答える。「僕の耳は近いから。
あの薬びたりのご友人とやらをどけてくれると、たいそう恩に着るのだが。それと君と少し話ができれば、この上なく幸いだ。」
「外で馬車を待たせてある。」
「ならばその馬車で彼をひとり送り返すといい。
あの男のことなら心配無用だ。どうせ歩くのもおぼつかぬから、悪いことなどもうできまい。
それから御者に言伝でも渡して、君の御前様には、私と運命をともにしたと言えばよかろう。
外で待ってくれれば、僕は五分で君の隣だ。」
 シャーロック・ホームズの頼みとあらば、断ることは難しい。常にきわめて的確で、有無を言わせぬ凄みがある。
それに、私もホイットニをいったん馬車に乗せれば、仕事は終わったも同然と考えていい。そしてそのあとで我が友人と奇妙な事件のひとつでも一緒できるのなら、これ以上は望みようもない。
私は言伝を書いて、ホイットニの利用料を払い、数分のうちに馬車まで連れて行って、夜のなかへ走り出すのを見送った。
それからほどなくして阿片窟からあの老人が現れ、私はシャーロック・ホームズとともに表を歩き出した。
通りをふたつ過ぎるあいだは、背も曲げて足取りもおぼつかない感じにちょこちょこと歩いていたが、
越えると背をまっすぐにして、いきなり声を出して高らかに笑い始めた。
「どうも、ワトソン。」と話を切り出す。「君は僕がコカイン注射の次に阿片を吸い出したと思っているようだ。なにぶん、他にも、君の医学的見地なるもののご託宣では、弱いところがあるそうだから。」
「まったく、あんなところで出くわしてたまげたよ。」
「いや、僕の方こそ。」
「知り合いを探しに来たんだ。」
「僕は敵を探しに。」
「敵?」
「そうだ。宿敵のひとり、いやこう言うべきか。狙った獲物と。
とにかく、ワトソン、僕は今、きわめて驚くべき捜査のまっただなかで、前にもやったことがあるのだが、あんな連中のとりとめない話からでも、手がかりが見つけられないかと思って。
あの阿片窟で正体がばれたら、僕の命は一時間ともたなかったろう。以前、個人的な理由で利用させてもらったのだが、あそこを営んでいるインド人の船乗りが悪党で、僕に復讐すると息巻いているのだ。
あの建物の裏には跳ね上げ式の出口があって、ポールズ埠頭の角がそばなのだが、あそこに口がついていれば、月のない夜、何が通っているのか何か不思議な話でもしてくれるかもしれぬ。」
「何と! まさか死体のことかね?」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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