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The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険
The Red-Headed League 赤毛組合 5
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
『大英百科事典《エンサイクロペディア・ブリタニカ》を書き写すのです。
インクと鵞《が》ペン、それに吸い取り紙は自前でお願いしたいのですが、机と椅子は用意してあります。
と言いますから、わしは『承知しました。』と答えたんです。
そうすると、『では、今日の所はさようなら、ジェイベス・ウィルソンさん。あなたが幸運にもこの得難き地位につかれましたことを、謹んでもう一度お祝い申し上げます。』と、
男はわしを部屋の外へ送り出しましてね、わしもあれをつれて店へ引き返したんですよ。ですがね、帰ってからも、何を言って、何をしてよいのやらさっぱりわからなくなりまして……それほどわしは自分の幸運に酔いしれてたんでさぁ。
で、一日中そのことばかりを考えていたんですがね、日が暮れるとその酔いもさめてしまったんですわ。というのも、わしは……これはみんな詐欺か悪ふざけにちがいない、目的はよくわからんが、きっとそうにちがいない、と考えるようになったんです。
だいたい、どこのどいつがそんな遺言を書いて、大英百科事典を書き写す、そんなつまらない仕事にこんな金を払うんでしょうか。信じられないんですよ。
ヴィンセント・スポールディングはね、わしを乗り気にしようとはやし立てるんですが、もう寝る時分になると考えるのをやめにしました。
でも……朝になると、まぁとにかく一度行ってみるくらいはしてみようと、そう決心しましてね、インクの小瓶と鵞ペン、フールスキャップ判の紙を七枚買って、ポープス・コートへ出向いたんです。
え、驚きましたし、喜びもしました。まったく話の通りだったんですからね。
机が私専用に置いてあって、ダンカン・ロスさんがわしがちゃんと仕事に取りかかるか、見届けに来ていたんです。
ロスさんはわしにAのところから書かせ始めると、部屋を出ていったんですが、ときどきちゃんとやってるかを見に来ていました。
二時になると、もう帰っていいってことになってですね、わしの仕事ぶりをえらく褒めてくれましてね、そうしてわしが部屋から出ると、事務所のドアに鍵をかけてしまいました。
来る日も来る日も仕事をしたんです。で、ホームズさん、土曜日になるとロスさんがやって来て、一週間分の給料としてソヴリン金貨を四枚くれたんです。
次第にダンカン・ロスさんは朝に一度しか来ないようになって、そのうちさっぱり顔を見せないようになってしまいました。
でも、もちろんわしはその部屋を一歩も出ませんでしたよ。いつ来るかもしれませんから。それにこんなによくてですね、わしにぴったりな仕事をそうやすやすと手放す気にはなれないってもんです。
そんなこんなで八週間が過ぎました。わしは…… Abbots, Archery, Armour, Architecture, Attica ……と写していってですね、もうちょっとやりゃぁ、そろそろBのところにも取りかかれるかな、と思っていたんです。
フールスキャップの代金も相当かさんできてましたからね。わしの書いたものも、棚一段、満杯になろうとしていたんですよ。
ですがね、……急に、仕事がふいに……なってしまったんです。」
いつものようにね、十時に仕事へ向かったんです。でも、扉が閉まって開かんのですわ。すると、扉のパネルの真ん中あたりに、小さな四角いボール紙が鋲《びょう》で止めてあったんです。
それがこれですよ。ご自分でご覧になってください。」
ウィルソン氏は一片の白いボール紙を差し出した。メモ帳くらいの大きさだった。
シャーロック・ホームズと私はその素っ気ない声明文と、その向こうにいる残念そうな顔の男を比べ見た。我々の思考回路は緊急停止した。事件があまりにも滑稽であったからだ。我々二人はこらえきれず、大きく笑い崩れてしまった。
「どこが、何が面白いんですか!」と依頼者は叫んだ。赤い髪の生え際まで紅潮していた。
「わしを笑うしか能がないなら、どこかよそへ行きますぞ。」
「いや、いや。」ホームズは半ば腰を浮かした依頼者を制し、椅子に押し戻した。
「こんな事件を、みすみす世間のやつらに放っておけますか。
しかし失礼しますが、幾分、愉快な点があるのも確かです。
願わくは、扉にあったカードを発見して、あなたはどう行動されたのかお聞かせ願えないでしょうか。」
とりあえず同じ建物の事務所という事務所を尋ね回ったんですがね、どうも誰も知らんようなのです。
最後に一階にすんでいる管理人の所へ行きました。その人は会計士なんですけどね、赤毛組合はどうなったんだ、て聞いても
じゃあ、ダンカン・ロスって男は知ってるか、と聞いたら、
ですからね、『そんなことないだろう、ほら、四号室の紳士だよ。』って言ったんです。
すると、管理人はうーん、とうなるんですよ。『その紳士の名前はウィリアム・モリスといいまして、
事務弁護士なんですよ。あの部屋は、新しい部屋を借りるまでの仮事務所なんです。
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo