※本文をクリック(タップ)するとその文章の音声を聴くことができます。
右上スイッチを「連続」にすると、その部分から終わりまで続けて聴くことができます。
※ "PlayBackRate" で再生速度を調節できます。
The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険
The Red-Headed League 赤毛組合 9
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
朝と同じくして、にぎやかな大通りだった。我々が今朝、出向いた通りだ。
馬車を帰らせ、我々はメリウェザー氏の案内で狭い路地に入った。また氏は通用門を開けてくれ、我々はくぐった。
また開けると、石造りの螺旋《らせん》階段が現れた。導かれながらも降りていくと、終わりに荘厳な第二の扉があった。
メリウェザー氏は立ち止まり、手提げ角灯《ランタン》の灯をともした。我々の案内を続け、暗く土臭い階段を降りていった。すると、第三番目の扉が見えた。開けると、地下室とも穴蔵ともとれる大部屋に出た。部屋の四方には木箱や大箱などが積み重ねられていた。
「上からの襲撃に対しては、心配ないということか。」とホームズは述べた。ランタンを掲げ、周りを注意深く見回した。
「下からだって……」とメリウェザー氏はそう言い、ステッキで床に並んだ敷石を叩いたが、
「ん、何だ……空っぽみたいな音がする……!」顔を上げ、驚きのあまり口に出したのだ。
「この我々の探検、全て台なしになさるつもりですか?
ご配慮いただけるのなら、あの箱の一つに座り、どうか邪魔をならさぬよう。」
メリウェザー氏はしょげ込み、木箱に腰を下ろした。気分を害したような顔をしていた。ホームズは気にする様子もなかった。床にひざをつき、ランタンをかざした。敷石と敷石の間を、拡大鏡で綿密に調べ始めた。
二、三秒で満足なものが得られたのか、すっと立ち上がった。拡大鏡をポケットにしまう。
「少なくとも、まだ一時間の余裕はあります。」ホームズは皆に語りかけた。「あの善良なる質屋さんが熟睡するまでは、やつらも身動きがとれない。
だが寝てしまえば、一分一秒を争ってやってくる。仕事を手早く済ませてしまえば、逃亡する時間も長くなるからだ。
博士、もう気づいているね? 僕らはロンドンの一流銀行、中心区《シティ》支店の地下室にいる。
メリウェザーさんは頭取だ。ロンドンきっての大胆不敵な悪党たち――彼らがこの地下室をねらっている目的、説明してくださいますね。」
「仏蘭西《フランス》金貨のせいでしょう。」頭取が小声で答えた。
「狙われるかもしれない、という予感は今まで何度もしておりました。」
「そうです。わたくしどもは数ヶ月前、資本強化をする必要がありまして、そのため、フランス銀行から三万枚のナポレオン金貨を借り入れたのです。
ところが、この金貨の封を切る必要がなくなり、この地下室に眠らせておいたのですが……それが世間に知れ渡ってしまいまして。
今、私が腰掛けている木箱の中に、鉛の箔で包まれたナポレオン金貨が二千枚入っているんです。
銀行の一支店が保有するには、あまりにも多すぎるものですから……重役会でも問題になっていたんですが。」
「では、今のうちに僕らも手筈を整えておきましょう。
一時間もしないうちに、事件は大詰めを迎えるでしょう。
それまでの間は、メリウェザーさん、このランタンに覆いをかけなければなりません。」
実は、ポケットにカードを一組忍ばせて置きました。二人一組になって、あなたの好きなブリッジを今夜も、と。
しかし、敵の準備がかなり進んでいますので、明かりを付けておくのは危険です。
不敵なやつらです。袋小路に追いつめても、油断すると痛い目に遭います。
僕はこの木箱の影に隠れますので、あなたはそちらへ身を隠してください。
それから、僕がやつらに明かりを当てます。みなさんは直ちに飛び出してください。
万が一、やつらが発砲でもしたら、ワトソン、ためらわずやつらを撃ってくれたまえ。」
私はリヴォルヴァの撃鉄を起こした。身を隠している木箱の上に据え置いた。
ホームズはランタンの前に覆い板を差し入れた。辺りは漆黒の闇に包まれた。経験したことのない完全なる闇。
金属の焦げる匂いがした。明かりはまだそこにあるのだ。いざというときにはすぐに点けられる。
我々には安心感があった。が、私はというと、神経が徐々に張りつめていったのだ。強い期待と不安。不意に暗く静まった地下室。うすら寒くじめじめした空気。胸が締め付けられるような感覚……
「建物の中を抜け、サックス・コバーグ・スクエアへ出る道のみ。
「出る穴は全て塞げた。あとは、ただ静かに待っていよう。」
……なんと長かったことか! 後でホームズと私のメモを比べると、どうやら一時間と十五分しかなかったらしい。私は夜も明け、暁ばかりになっていたと思いこんでいたのに。
私の四肢は疲れのため、棒のようになっていた。わずかな身動きも差し控えていたのだ。神経は過度に張りつめられていた。聴力はとぎすまされていた。皆の穏やかな息遣い。大柄なジョーンズの深々と吸い込む息。メリウェザー氏のため息めいた細い息遣い。
だが光は次第にのび、黄色い光芒となった。何の前触れもなく床に亀裂が走った。そこから手が現れた。女のように白い手であった。手は光の届く狭い範囲をまさぐった。
一分、あるいはもっと経っただろうか。指をもぞもぞさせていると思えば、手がにゅっと出てきた。
だがすぐに引っ込んだ。残っているのは敷石の亀裂から漏れ出る、黄色い光のみ。辺りは元のように闇である。
物が張り裂かれる激しい音。白く、大きな敷石がひっくり返されたのだ。ぽっかりと四角い穴があいている。ランタンの光芒が漏れ出てくる。
穴の縁から、じわじわと顔が浮かび上がってくるのだ。鼻筋が通っていて、若々しいことが次第にわかってくる。顔は辺りを鋭く見、穴の両端に手を掛けた。肩、腰までも姿を現す。片ひざを縁によりかけて、軽々と穴の上に上がった。
続いて、男は後に続く仲間を引き上げた。男と同じく華奢で顔は青白い、乱れた炎の赤毛を持つ男だった。
「たがね、袋も持ってきただろうな。
……ん、何ィ!
飛び込め、アーチィ、飛び込むんだ、絞《しば》り首だ!」
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo