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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Stock-Broker's Clerk 株式仲買人 2

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 私の向かいにいたその男は、がっしりした血色のいい若者で、実直そうな顔にさっぱりつやつやのちょび髭、
ぴかぴかの山高帽に落ち着いた黒のあっさりした背広という装いで、当人の見た目をいわゆる――あか抜けた都会の青年、つまりロンドンっ子と呼ばれ、それでいて抜きんでた志願兵を送り出し、この島国で誰よりも優秀な運動選手を輩出している階級そのものへとしていた。
その丸く健康な顔には飾らない朗らかさが充ち満ちていたが、口の端はどこか滑稽な悩みのために引きつっているとも取れた。
もっとも、我々が一等車に乗り込み、バーミンガムへ旅立ってようやく、どんな厄介事が元でシャーロック・ホームズのところへ飛び込んだのか知ることができたのだが。
「到着までの所要時間はまる七〇分。」とホームズは確認して、
「さて、ホール・パイクロフトさん、この我が友人に話していただきたい、あなたの実に興味深い経験を、僕に語ったのと同様に、またできるだけ事細かに。
出来事の流れをおさらいするのは僕にとっても助かる。
問題というのは、ワトソン、結局裏に何かあるのか、それともないのかなのだが、少なくともただならぬ異常なところがある。君や僕の好むところだ。
ではパイクロフトさん、ここからは僕も口を挟みませんので。」
 我々の道連れたる青年は、まばたきしつつこちらを見る。
「この件で一番きつかったのが、自分がべらぼうなバカだってはっきりしたことです。
そりゃみんなうまく行ったのかもしれないんですけれど、他に何をすればいいのかわからなくって。けれど持ち札をなくした上に何も代わりをとらないだなんて、男がすたるってもんでしょう。
ぼくは話し下手なんですけれど、ワトソン先生、こういうことなんです。
 ぼくはドレイパ・ガーデンズのコクソン&ウッドハウスの店に職を持っていたんですけれど、この春先にご存じだと思いますけれどベネズエラ公債でやっちまいまして、どっと傾いてしまったんです。
ぼくはそこに五年おりましたので、コクソンの旦那はいよいよ倒産ってときに、えらい立派な推薦状をくれたんですけれど、当然ぼくら店員は路頭に迷いまして、みんなで二七人です。
ぼくもあっちこっちへ頼んだんですけれど、他もぼくと同じ境遇の連中ばっかで、長いあいだ冬が続いたってことです。
コクソンの時分は週三ポンドもらってまして、その七〇の貯金があったんですけれど、やりくりしてもすぐに底をついてしまったんです。
もうどんづまりで、広告に応じる切手もそれを貼る封筒もつらい始末で、
事務所の階段を直接昇って靴をすり減らしたんですけれど、職を得るのはもうどこまでも遠く思えてきたのです。
 ところがとうとう空きを見つけました。ロンバード街のでっかい株屋のモウソン&ウィリアム。
たぶん東中央のことはご存じないでしょうが、ぼくに言わせればロンドン一にしてもいいほど金のある店です。
そこの広告は手紙での応募に限られていて、
推薦状と願書を送ったのですけれど、得られるだなんて望みはこれっぽっちもありませんでした。
ところが返事が来て、次の日曜に来てくれればすぐにでも新規に採用する、見てくれさえじゅうぶんなら、と言うのです。
 どうしてこんなことになったのかだなんて誰もわかりません。
経営者が山に手を突っ込みまして最初に引き当てただけだと言う人もいます。
とにかくそのとき、ぼくの番が来ましたわけで、こんな嬉しいこと願ってもないです。
稼ぎも週一ポンド増えたし、仕事もコクソンでのと同じようなのでよくて。
 ここからがこの話の妙なところになるのです。
ぼくの部屋はハムステッドのはずれのポッターズ・テラス一七番地で、
それで内定した日の午後、座って煙草をやっていると、下宿のおかみが名刺を持ってやってきました。『アーサー・ピナー 金融代行業』と印字されていまして。
今までそんな名前聞いたことなかったし、何の用かも思いつかなかったのですけれど、まあ上げてくれと言いました。
すると入ってきたのが、中肉中背、黒髪黒目黒鬚の男で、鼻のあたりがてかてか、
身のこなしはきびきび、話し方ははきはきで、時間の価値を知っている男のようでした。
『ポール・パイクロフトさんでいらっしゃる?』と相手が言うので、
『そうですが。』と答えてぼくは彼の方へ椅子を置きました。
『最近までコクソン&ウッドハウスにお勤めで?』
『そうですが。』
『で、ただいまはモウソンの仲買人で。』
『その通りです。』
『ふむ。』とか言いまして、『実は君の金融の才について、まことに並はずれた話をうかがいまして。
ご存じ、前コクソンの経営者パーカー。
あの男が褒めちぎるもので。』
 そりゃそんな話を聞けば嬉しくなるもので、
事務所ではいつも如才なくやっていたんですけれど、こんな風に中心区の噂になっているだなんて夢にも思わなくて。
『記憶力がよろしいと。』と相手が言うので、
『まあ人並みには。』と控えめに答えました。
『離職中も市場の動向をつかんで?』と聞くので、
『ええ、株式相場の表は毎朝。』
『そうそれこそ真の実力を示すもの!』と向こうは声を張り上げまして、
『成功への道! 恐縮だが試させていただく。ふうむ、エアーシアの値は?』
『ではニュー・ジーランド整理公債。』
『一〇四。』
『では大英採鉱。』
『七から七・六。』
『素晴らしい!』と相手は諸手をあげて叫びました。
『まったく耳にした通りだ。
なあ、なあ君、モウソンの店員にしとくにはもったいない!』
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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