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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出

The Stock-Broker's Clerk 株式仲買人 3

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 こう言い出されてむしろこっちがびっくりで、わかるでしょう。
『どうも。』と言ってから、『他の人はぼくをあんまり高く買ってくれませんので。あなただけです、ピナーさん。
今の口にありつくまでそりゃもう苦労のし通しでしたので。嬉しいです。』
『はっ、なに。君はもっと上へ行くべき人間だ。
君はふさわしい地位にいない。
そこでだ、こちらの条件を提示しよう。
これから申し出るのは君の能力に比してじゅうぶんと言えないが、モウソンのと比べれば光と陰。
ふうむ、モウソンへはいつからご出勤で?』
『月曜日に。』
『ハッハッ! ちょっとした賭に出てみてもいいくらいだ。君はそこへ絶対に行かない。』
『モウソンのところへ行かないと?』
『いかにも。その日までに、君は仏・中英金物株式会社の営業部長になっていることだろう。フランスの町や村に一三四の支店、その他ブリュッセルやサン・レモなどにもある。』
 これにはぼくもはっと息をのんで、
『聞いたこともないです。』と。
『それもそのはず、
これは極秘で、なにぶん出資金はひそかに集められ、表にはできないほど良いものだからで。
実弟のハリー・ピナーが発起人で、分担額に従い社長として取締役会に参加しており、
自分がこちらへ渡っているのを知ってましたから、いい人間を手頃に見つけてくれと。
若く押しのあって、力のあふれた人物をと。
パーカーが君の話をしてくれて、それで今夜ここへ。
こちらでまず出せるのはたった五〇〇ぽっちだが。』
『年に五〇〇も!』とぼくは声を張り上げて。
『基本給はそれだけだが、君の仲介した全取引に対して一%の歩合が支払われることになるから、この分が君の給与を上回るものと考えてもらっていい。』
『けれどぼくは金物だなんてさっぱりです。』
『なあに、君は数字に強い。』
 もう頭がこんがらがっちゃって、椅子にじっと座ってられなくなったのです。
けれどふと、かすかな疑問がすっと出てきたので。
『率直に申し上げます。』と切り出して、
『モウソンでもらえるのはほんの二〇〇なのですけれど、モウソンはしっかりしています。
けれど正直、ぼくはそちらの会社について何にも知らない――』
『うむ、鋭い、鋭いな!』喜びの絶頂にあるみたいな大声でした。
『君こそうちにうってつけの人材だ。
選考などせずともじゅうぶんだ。
さあ、ここに一〇〇ポンドの小切手がある。ともに働けると思うのなら、これは給与の前金として懐に収めてくれ。』
『こりゃどうもかたじけなく。』とまあ言いまして、
『新しい勤めにはいつから取りかかれば?』
『明日の一時にはバーミンガムに。』と相手は言ったのです。
『懐に紹介状があるから、それを弟のところへ。
弟とはコーポレイション街一二六番地のBで会えるかと。そこに会社の仮事務所がある。
もちろん契約の確認が必要だが、ここでのやりとりで問題はないからな。』
『本当に、何とお礼を言っていいか、ピナーさん。』
『なあに構わん。君は受けるべきものを受けただけ。
二、三、ささいなことだが――単なる手続きとして――
君のかたわら、そこに紙が一枚ある。
それへこう書いてもらえれば。「私は、仏・中英金物株式会社の営業部長として、最低賃金五〇〇ポンドにて職務遂行することに、まったく同意するものである。」』
 相手の言うままにすると、その紙は向こうの懐にしまわれたんです。
『もうひとつ子細がある。
モウソンの方はどうするつもりで?』
 ぼくは喜びのあまりモウソンのことをすっかり忘れていたのです。
『一筆書いて辞退を。』と言うと、
『そのようなことは控えなさい。
こちらも君のことでモウソンの経営者と一悶着あってな。
君のことを尋ねに出向くとひどく機嫌を悪くして、君を口車に乗せて業務やら何やらから離すのかと文句を。
こっちもとうとう我慢できずに
「いい人材が欲しければそれ相当の額を支払うべきだ」と言った。
「やつはあんたが積んでもこっちの微々たるものを取るはずだ。」と向こうが言うから、
「五ポンド札を賭けてもいい、彼がこっちの申し出を受ければもう二度と本人からの知らせはないからな。」と。
 すると向こうは、「はん! こっちはあいつをドブから拾ってやったんだ、
そうやすやすと手放しはしないさ」というのが言いぐさでな。』
『不埒な悪党め。』とぼくは声を張り上げて、
『まだ顔を合わせてもないのに。
そんなやつのことなんか考えたくもない。
絶対に書かないです、あなたがするなって言うんなら。』
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
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