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坊っちゃん 五 Botchan Chapter V (3)
夏目漱石 Soseki Natsume
青空文庫 AOZORA BUNKO
水際から上げるとき、ぽちゃりと跳《は》ねたから、おれの顔は潮水だらけになった。
ようやくつらまえて、針をとろうとするがなかなか取れない。
捕《つら》まえた手はぬるぬるする。大いに気味がわるい。
面倒だから糸を振《ふ》って胴《どう》の間《ま》へ擲《たた》きつけたら、
おれは海の中で手をざぶざぶと洗って、鼻の先へあてがってみた。まだ腥臭《なまぐさ》い。
もう懲《こ》り懲《ご》りだ。何が釣れたって魚は握《にぎ》りたくない。
一番槍《いちばんやり》はお手柄《てがら》だがゴルキじゃ、と野だがまた生意気を云うと、
ゴルキと云うと露西亜《ロシア》の文学者みたような名だねと赤シャツが洒落《しゃれ》た。
そうですね、まるで露西亜の文学者ですねと野だはすぐ賛成しやがる。
ゴルキが露西亜の文学者で、丸木が芝《しば》の写真師で、米のなる木が命の親だろう。
一体この赤シャツはわるい癖《くせ》だ。誰《だれ》を捕《つら》まえても片仮名の唐人《とうじん》の名を並べたがる。
おれのような数学の教師にゴルキだか車力《しゃりき》だか見当がつくものか、
云《い》うならフランクリンの自伝だとかプッシング、ツー、ゼ、フロントだとか、おれでも知ってる名を使うがいい。
赤シャツは時々帝国文学とかいう真赤《まっか》な雑誌を学校へ持って来て難有《ありがた》そうに読んでいる。
山嵐《やまあらし》に聞いてみたら、赤シャツの片仮名はみんなあの雑誌から出るんだそうだ。帝国文学も罪な雑誌だ。
それから赤シャツと野だは一生懸命《いっしょうけんめい》に釣っていたが、約一時間ばかりのうちに二人《ふたり》で十五六上げた。
可笑《おか》しい事に釣れるのも、釣れるのも、みんなゴルキばかりだ。鯛なんて薬にしたくってもありゃしない。
今日は露西亜文学の大当りだと赤シャツが野だに話している。あなたの手腕《しゅわん》でゴルキなんですから、私《わたし》なんぞがゴルキなのは仕方がありません。当り前ですなと野だが答えている。
船頭に聞くとこの小魚は骨が多くって、まずくって、とても食えないんだそうだ。ただ肥料《こやし》には出来るそうだ。
赤シャツと野だは一生懸命に肥料を釣っているんだ。気の毒の至りだ。
おれは一匹《ぴき》で懲《こ》りたから、胴の間へ仰向《あおむ》けになって、さっきから大空を眺めていた。
釣をするよりこの方がよっぽど洒落《しゃれ》ている。
おれにはよく聞《きこ》えない、また聞きたくもない。
金があって、清をつれて、こんな奇麗《きれい》な所へ遊びに来たらさぞ愉快だろう。
いくら景色がよくっても野だなどといっしょじゃつまらない。
清は皺苦茶《しわくちゃ》だらけの婆さんだが、どんな所へ連れて出たって恥《は》ずかしい心持ちはしない。
野だのようなのは、馬車に乗ろうが、船に乗ろうが、凌雲閣《りょううんかく》へのろうが、到底寄り付けたものじゃない。
おれが教頭で、赤シャツがおれだったら、やっぱりおれにへけつけお世辞を使って赤シャツを冷《ひや》かすに違いない。
なるほどこんなものが田舎巡《いなかまわ》りをして、私《わたし》は江戸っ子でげすと繰り返していたら、軽薄は江戸っ子で、江戸っ子は軽薄の事だと田舎者が思うに極まってる。
こんな事を考えていると、何だか二人がくすくす笑い出した。
笑い声の間に何か云うが途切《とぎ》れ途切れでとんと要領を得ない。
「……全くです……知らないんですから……罪ですね」
おれは外の言葉には耳を傾《かたむ》けなかったが、バッタと云う野だの語《ことば》を聴《き》いた時は、思わずきっとなった。
野だは何のためかバッタと云う言葉だけことさら力を入れて、明瞭《めいりょう》におれの耳にはいるようにして、そのあとをわざとぼかしてしまった。
Copyright (C) Soseki Natsume, Yasotaro Morri, J. R. KENNEDY