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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter6-2

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
ミスター・スローンはなにも欲していなかった。
レモネードでも? 
いえ結構です。
ではシャンパンなどは? 
なにもいりませんよ、ありがとう……どうもすみません――
「馬は楽しめましたか?」
「このあたりは道がいい」
「たぶん、自動車は――」
「そうですね」
 耐えがたい衝動《しょうどう》に襲われたギャツビーは、初対面なものとして紹介されたトムに向き直って、言った。
「以前にもどこかでお会いしたはずですよね、ミスター・ブキャナン」
「ああ、そうでした」とトムはしわがれ声で丁寧《ていねい》に答えたが、明らかに覚えてなどいなかった。
「確かにお会いしました。よく覚えていますよ」
「二週間ほど前に」
「そのとおりです。あなたはここにいるニックと一緒でした」
「私はあなたの奥さまを存じ上げております」とギャツビーはほとんど切りこむような口ぶりだ。
「それはそれは」
 トムはぼくのほうを向いた。
「ニックはこのあたりに住んでいるわけか?」
「隣だよ」
「それはそれは」
 ミスター・スローンは会話には加わらず、椅子にふんぞり返って座っていた。女もまた一言も口を利かなかったが、ハイボールを二杯干した後、不意に饒舌《じょうぜつ》になった。
「次のパーティーに私たちもきていいですか、ミスター・ギャツビー。
何も問題がなければですが」
「問題ありませんとも。大歓迎ですよ」
「ありがたいことです」とミスター・スローンは言ったが、あまりありがたそうではなかった。
「さて――そろそろ引き上げたほうがよさそうですな」
「そう急がないで下さい」とギャツビーはしきりに言った。
いまや自制心をとりもどしたかれは、もっとトムのことを知りたいと思っていたのだ。
「なぜまた――なぜまた夕食までお残り頂けないのですか? 
きっとニューヨークからどなたかお出でになりますよ」
「私のところの夕食においでになりませんか?」と女が熱心に言い募《つの》った。「あなたがたお二人で」
 ここにはぼくも含まれていた。ミスター・スローンは立ちあがった。
「行こう」と言った――が、これは女だけに向けられたものだ。
「私は本気よ」と女は食い下がった。「あなたがたと一緒に夕食をとりたいの。人数に余裕はあるし」
 ギャツビーはぼくに問い掛けるような眼差《まなざ》しを向けた。
かれは行きたがっていた。けれどもかれにはミスター・スローンの、きてほしくないと思っている気配が読めていなかった。
「残念ですけど、ぼくは行けそうにありませんね」とぼくは言った。
「じゃあ、あなただけでも」と女はなおもギャツビーを誘う。
 ミスター・スローンが何事かを女の耳元でささやいた。
「いまから出れば間に合うわよ」と大きな声で言い張る。
「私は馬を持っておりません。軍隊にいたころはよく乗っていたのですが、自分で買ったことはありませんでね。車でついていくしかありません。少々お時間を頂けますか」
 ぼくらは外のポーチでギャツビーを待った。そこで、スローンと女は激しく言い争いはじめた。
「参ったな、あいつ、間違いなくくるつもりだぜ」とトム。
「彼女がきてほしくないと思っているのが分からないものかね?」
「きてほしいって口では言ってたわけだしね」
「大きなパーティーなんだよ。あいつの知った顔などあるものか」と言って、眉をしかめる。
「いったいどこでデイジーと会ったんだろう。
まったく、おれの考え方が古いのかもしれんが、近頃の女はふらふらと出歩きすぎて気に入らん。
妙なのと片っ端から会ってやがる」
 とつぜん、ミスター・スローンと女がステップから降りてきて、それぞれ自分の馬にまたがった。
「行こう」とミスター・スローンがトムに言う。「おそくなった。もう行かないと」
それからぼくに向かって、「あのひとには待ちきれなかったと言っておいてください。よろしいですか?」
 ぼくとトムとは握手した。あとの二人とはそっけなく会釈《えしゃく》を交わした。かれらは軽やかに私道を駈けてゆき、ギャツビーが帽子と薄手のコートを手に玄関前に出てきたときは、ちょうど、八月の葉群《はむら》の下に消え去ろうとしているところだった。
 デイジーがひとりで出歩くのを、トムは明らかに不安がっていた。というのも、来《きた》る土曜日の夜にギャツビーが開いたパーティーに、デイジーについてやってきたからだ。
 
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