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The Last Leaf 3 最後の一葉3
O.Henry
AOZORA BUNKO 青空文庫
ベーアマン老人はスーたちの下の一階に住んでいる画家でした。
六十は越していて、 ミケランジェロのモーセのあごひげが、 カールしつつ森の神サチュロスの頭から小鬼の体へ垂れ下がっているという風情です。
四十年間、絵筆をふるってきましたが、 芸術の女神の衣のすそに触れることすらできませんでした。
傑作をものするんだといつも言っていましたが、 いまだかつて手をつけたことすらありません。
ここ数年間は、ときおり商売や広告に使うへたな絵以外には まったく何も描いていませんでした。
ときどき、 プロのモデルを雇うことのできないコロニーの若い画家のためにモデルになり、 わずかばかりの稼ぎを得ていたのです。
ジンをがぶがぶのみ、これから描く傑作について今でも語るのでした。
ジンを飲んでいないときは、ベーアマンは気むずかしい小柄な老人で、 誰であれ、軟弱な奴に対してはひどくあざ笑い、 自分のことを、 階上に住む若き二人の画家を守る特別なマスチフ種の番犬だと思っておりました。
ベーアマンはジンのジュニパーベリーの香りをぷんぷんさせて、階下の薄暗い部屋におりました。
片隅には何も描かれていないキャンバスが画架に乗っており、 二十五年もの間、傑作の最初の一筆が下ろされるのを待っていました。
スーはジョンジーの幻想をベーアマンに話しました。 この世に対するジョンジーの関心がさらに弱くなったら、 彼女自身が一枚の木の葉のように弱くもろく、 はらはらと散ってしまうのではないか…。 スーはそんな恐れもベーアマンに話しました。
ベーアマン老人は、赤い目をうるませつつ、 そんなばかばかしい想像に、軽蔑と嘲笑の大声を上げたのです。
「いったいぜんたい、 葉っぱが、けしからん つたから散るから死ぬなんたら、ばかなこと考えている人がいるのか。
何でらそんなんたらつまらんことをあの子のあたまに考えさせるんだら。
「病気がひどくて、体も弱っているのよ」とスーは言いました。 「高熱のせいで、気持ちが落ち込んでて、おかしな考えで頭がいっぱいなのよ。
えーえ、いいわよベーアマンさん。もしも私のためにモデルになってくれないなら、しなくて結構よ。
でも、あなたはいやな老いぼれの ―― 老いぼれのコンコンチキだわ」
「あんたも女ってわけだ」とベーアマンは叫びました。
モーデルの準備はできてると、三十分もの間、言おうとしたったらさ。
ゴット! ここは、 ヨーンジーさんみたいな素敵なお嬢さんが病気で寝込むところじゃないったら。
いつか、わしが傑作を描いたらって、 わしらはみんなここを出ていくんだら。
スーは日よけを窓のしきいまで引っ張りおろし、ベーアマンを別の部屋へ呼びました。
そこで二人はびくびくしながら窓の外のつたを見つめました。
そして一言も声を出さず、しばし二人して顔を見合わせました。
ひっきりなしに冷たい雨が降り続き、みぞれまじりになっていました。
ベーアマンは青い古シャツを着て、 ひっくり返したなべを大岩に見たて、 穴倉の隠遁者として座りました。
Copyright (C) O.Henry, Hiroshi Yuki(結城 浩)