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Episode-4 The Blanket(2) ブランケット
Episode-4 The Blanket (Floyd Dell) ブランケット(フロイド・デル)
AMERICAN SHORT STORIES
そう,ぼくにキスして,きっといいお母さんになるつもりだとかなんとか言っていた,あの女性と結婚するんだ.
曲が突然止まったかと思うと,おじいさんが言いました.「悲しい曲だね.この曲に合わせて踊りでもすりゃ別だがね」
おじいさんはさらにことばを続けました.「おまえの父さんが結婚する相手はりっぱな女性だとも.
あんなきれいな奥さんができたら,父さんは気分が若返るだろうな.
わしのような年寄りはこの家にいたって,なんの役にも立ちはしないよ.‥じゃまになるだけだ‥.こんな愚かな年寄りはな‥.話すことったら,二言目にはやれ背中が痛いだの,どこが痛いだのってことばかりだからな.
そのうち赤ん坊も生まれてくるだろうしな.ここにいて,一晩中赤ん坊の泣き声を聞かされた日にゃたまったもんじゃない.
もう1曲か2曲やったら,床に入って休むことにしよう.
朝になったら,新しいブランケットを持っておいとまをするんだ.
ちょっぴり寂しい曲だが,きょうのような夜にはふさわしい曲だからな」
老人と少年は,お父さんと,人形のように晴れやかではあるがきつい顔をした美しい女性が道を歩いてくる足音に気づきませんでした.
しかし,女性の笑い声が2人の耳に聞こえてくると,急に曲がやみました.
お父さんは一言もしゃべりませんでしたが,女性はおじいさんのところへ歩み寄って,しなを作って言いました.「あすの朝はお目にかかれないもんですから,お別れに来ましたのよ」
「それはどうもご親切に」おじいさんは床に目を落としながら言いました.そして足元のブランケットが目に入ると,かがみこんでそれを拾い上げました.
「ほら,これを見ておくれ」おじいさんは子どものような声で言いました.
「せがれが,出ていく時に持っていくようにといって買ってくれたんだが,なかなかいいブランケットだろう」
「ええ」彼女は言いました.「いいブランケットですわね」
彼女はもう一度毛の感触を試しながら,言いました.「ほんとにいいブランケットですこと」
彼女はお父さんのほうに振り向くと,冷ややかに言いました.「ずいぶんしたでしょうね」
お父さんは,せき払いをしながら言いました.「いや,ただぼくは‥.一番いいものを持たせてあげたいと思ったもんだからね.‥」
女性はその場に突っ立ったまま,なおもブランケットから目を離しませんでした.
「そう」老人は言いました.「ダブルベッド用でね,‥.年寄りが出ていく時に持っていくには,打ってつけのブランケットだよ」
彼の耳には,女性がまだあの高価なブランケットのことを話しているのが聞こえました.
お父さんがいつものように徐々にではあるが,腹を立てているのも聞こえてきました.
ピーターが出てくると,彼女は振り返って大声で言い返しました.「あなたがなんとおっしゃろうと,おじいさんにはダブルのブランケットなんか必要じゃありませんからね」
お父さんは,なんとも言えない目つきで彼女を見ていました.
「あの人の言うとおりだよ,お父さん」少年は言いました.
「おじいさんにはダブルのブランケットなんかいらないよ.
さあ,お父さん」と言ってはさみを差し出しました.「切るんだよ,お父さん,‥ブランケットを2つに切ればいいんだよ」
「それもいい考えじゃないか」おじいさんは静かに言いました.
「わしはこんなに大きなブランケットは要らんからな」
「そうだよ」少年は言いました.「年寄りが追い出される時は,シングルベッド用のブランケットで十分だよ.
あとの半分は残しておこうよ,お父さん.そのうちに要るようになるだろうから」
「でも,それはどういう意味だい?」お父さんがたずねました.
「ぼくが言ってるのはね」少年はゆっくり言いました.「お父さんが年を取って,ぼくがお父さんを追い出すようになったら,ぼくからお父さんに贈るんだよ,お父さん」
長い間沈黙が続きました.やがて,お父さんはおじいさんのところへ歩み寄って,おじいさんの前に立ちましたが,一言も言いませんでした.
しかし,おじいさんにはお父さんの気持ちがわかっていたのです.おじいさんはお父さんの肩に手を置いたくらいですから.
やがて,少年の耳におじいさんが静かにささやくのが聞こえました.
おまえの本心でなかったことくらい,わしにもわかっていたんだから」
でも,だれも気づきませんでした.3人ともみんな泣いていたからです.
お送りした『ブランケット』の物語は,世界中で一番古く,一番広く伝わっている物語の一つです.
この物語のアメリカ版の著者であるフロイド・デルは,この物語は実際にあったこととして,ニューヨークで初めて聞いたと言っています.
しかし,この物語を書いて出版してみると,この物語はアイルランド,中国,ギリシア,そのほかの国々でも語り継がれている,という手紙が寄せられ始めました.
彼は自分の書いた小説が,中世フランス版とよく似ていることを知りました.
ペルシア版は『分けられた馬衣(馬の背を覆う布)』という題名で呼ばれていました.
古代ギリシア版には,布もブランケットも出てきません.老人はテーブル・マナーが義理の娘の気に入らないという理由で,台所のすみで食べるようにといって木のおわんをあてがわれるのです.
少年がもう一つおわんをくり抜いて作り,父親にこう説明します.「ぼくは,お父さんが年を取ったらのけ者にして,台所で食事をさせる時にあげようと思って,もう一つおわんを作ってるんだよ」
この物語はどの版にも3世代-つまり,少年と父親とおじいさんが登場しますが,多くの場合,女性も登場します.
ですから,この物語はほとんど世界中の国で,何百という世代によって,試みられていることになるわけです.
みなさんもこの物語を楽しんでいただけたことと思います.来週またこの時間に,次の特別英語によるアメリカの小説をお届けします.どうぞお聞きください.
Reproduced by the courtesy of the Voice of America