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Episode-5 Luck(1)


Episode-5 Luck (Mark Twain) 運 (マーク・トウェイン)
AMERICAN SHORT STORIES
さあ,毎週お送りしている特別英語によるアメリカの短編小説の時間です.
きょうの小説の題名は『運』です.
原作者はマーク・トウェインです.
語り手はモリス・ジョイスです.
私は,ロンドンで催されたある高名なイギリスの軍人の祝賀会に出席していました.
彼の本当の名前や階級については,あえて申し上げないことにします.
彼のことをただロード・アーサー・スコーズピー中将,Y.C.,K.C.B.,その他もろもろ…とだけ言っておきましょう.
私がこの偉大で有名な男を見た時に,どんなに感激したか,とてもことばでは表せません.
目の前に,その男が座っているではありませんか─しかも勲章をいっぱいつけて.
私は,じっと引き入れられるようにその男をながめていました.
彼は偉大さの象徴のように見えました.
彼は,名声などは全く意に介していないのです.
彼は何百という称賛の眼だとか,多くの人々の尊敬などといったものに対して,いっこうに動じないのです.
私の隣には,私の親しい友だちである牧師が座りました.
彼はずっと牧師をしていたわけではなく,
その前の半生は,ウーリッジの陸軍士官学校で教官をしていたこともあるのです.
彼は私のほうへからだを寄せて,奇妙な目つきでこうささやきました.「これはここだけの話だがね,・・・あの男はまるっきりばか者なんだよ」
この友人が言っているのは,もちろんこの祝賀会の英雄のことなんです.
私はこれを聞いた時は,たいへん驚きました.
私はきつねにつままれたような顔をして,友人をじっと見つめました.
もし仮に,彼がナポレオンやソクラテスやソロモンに関してこれと同じことを言ったにしても,私はこれ以上には驚かなかったでしょう.
ただ,私はこの牧師のことで,次の2つのことについてはまちがいないと確信していたのです.
一つは,彼はうそをつかないということ.
もう一つは,彼には人を見る目があることです.
だから私はこの英雄のことをすぐにでも,もっと知りたいと思いました.
私は数日後その機会を得たのです.牧師は私に次のように話してくれました.
彼のことばどおりにお伝えしましょう.
「ぼくはね,40年ほど前にウーリッジの陸軍士官学校の教官をしていたことがあるんだよ.そのころ若きスコーズピーが,最初の試験を受けたんだよ.
ぼくは,ほんとにかわいそうだなと思ったね.
ほかの連中は,みんなてきぱきとりこうそうに答えるんだ.ところが,まあ,彼ときた日にゃ,まるで何も知らないんだな.
彼は人柄のいい明るい青年だった.
彼がロボットのようにそこに突っ立って,うすのろや間抜けの見本のような解答をするのは,全く見るに耐えられなかったよ.
彼がもう一度試験を受ければ,落第して退校処分にあうことは,ぼくにはよくわかっていた.
だからぼくは,彼を助けてやることはきわめて簡単な,だれにも害を与えない慈善行為にすぎないんだ,と極力自分に言い聞かせた.
ぼくが彼を呼び出してみてわかったことは,彼はシーザーの歴史のことなら,少しは知っているという事実なんだ.
彼はそれ以外のことは何ひとつ知らなかったので,ぼくは彼のドリルとテストにとりかかり,まるで苦役を課せられた人間のように彼を働かせたのだ.
試験に出ることがぼくにわかっていた,わずかばかりのシーザーの質問を,ぼくは何度も何度も繰り返し繰り返し彼にやらせた.
きみには信じがたいだろうが,彼は試験の日には大成功を収めた.
おまけに,彼よりも千倍も多く知っているほかの連中が落第したというのに,彼は大いにほめられたんだよ.
はなはだ奇妙なことなんだが,全く思いがけない幸運のおかげで,彼は私が勉強させた質問以外は,何ひとつたずねられなかったわけだ.
こんな偶然というものは,せいぜい百年に1回くらいしか起こらないもんだがね.
ところで,私は足の不自由な子どもを持つ母親のような気持ちから,彼が勉強する時は,いつもそばにつきっきりでいてやった.
彼は彼で,いつもなんとか切り抜けていったんだなあ-まあ,奇跡とでもいうようなやり方でだがね.
ぼくは,彼は結局は数学で破綻(はたん)をきたすだろうと思ったので,
彼の末路を,できるだけ苦痛の少ないものにしてやろうと決心したんだ.
そこでぼくは何時間もかけて,彼を訓練し,彼のわかりの遅い頭に,いろんなことをぎゅうぎゅう詰め込んだ.
ぼくは試験官が出題しそうな問題だけにしぼって,これをぎゅうぎゅうと彼の頭に詰め込み,彼を訓練したんだ.
そうしておいて,ぼくはついに彼が我慢をして試験を受けるように仕向けた.
さて,さて,結果はどうなったと思うかね.
ぼくは全く自分でも気が転倒するほど驚いたね.
彼が1番になったんだよ.
そして,彼は絶賛を浴びたというわけさ.
ぼくは日夜良心の呵責(かしゃく)に苦しめられた.
自分はまちがったことをしているのではないか,と
それにしても,ぼくはただ彼が放校処分にあう時に,いくらかでも彼の苦痛を少なくしてやりたかっただけなんだよ.
それはぼくの慈悲心の現れにすぎなかったんだ.
まさか,あのような奇妙でばかげた結果になろうとは,ぼくは夢にも考えていなかったね.
ぼくは,いずれあることが起きるにちがいないと思っていた.それは,学校を出てからの1回目の試験で,彼は脱落してしまうだろうということだった.
 
Reproduced by the courtesy of the Voice of America
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