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Episode-5 Luck(2) 運
Episode-5 Luck (Mark Twain) 運 (マーク・トウェイン)
AMERICAN SHORT STORIES
ぼくは戦争になるってことは,彼にとっては悲しむべきことだと思ったね.
平和であれば,このうすのろにだって間抜けの本性を見抜かれずにすむチャンスはあったろうからね.
ぼくは,はらはらしながら,最悪の事態が起こるのを待っていた.
このことが起こった時は,ぼくは恐ろしさでめまいがした.
彼のようなうすのろに,このような重大な責任を負わせるようになろうとは,だれひとりとして想像することすらできなかったことだからね.
ぼくは,髪の毛がまっ白になってしまうのではないかと案じたもんだ.
ぼくはこのことでは,自分も国に対して責任があるんだ-自分も彼と行動をともにして,彼から国を守らなければならない,と自分自身に言って聞かせた.
大失敗-恐るべき間違いの連続だ‥.いや,なすことすべてへまばかりで,何ひとつまともなことはできないんだ.
しかしだね,だれひとりとして,彼が実は大ばか者だってことは知らないわけだ.
だれもが彼の言うことを取り違えていたし,もちろん彼の行動を誤解していたことも事実なんだ.
みんなには彼のばかばかしいへまが,天才のなせるわざに見えていた.
彼がどんなにわずかなへまをしでかしても,まともな連中はそれを見て,泣き,また怒り,わめきさえしたものだ─もちろん,彼と比べて自分自身のふがいなさをかこっての話だがね.
だから,ぼくが恐ろしさのあまり,いつも冷や汗を流してなきゃならなかった理由は,彼がへまをするたびに,彼の栄誉と名声が高まっていくという事実にあったのだ.
ぼくはいつも自分に,こう言い聞かせていた.みんなが彼の本性を知ったが最後,まるで空から太陽がなくなるようなものだ,と.
そのうち,ある激戦のさ中に味方の大佐が倒れたんだ.
ぼくはもうビクビクして生きた心地がしなかったね.というのは,序列からいくと,大佐のあとを引き継ぐのはスコーズピーだったからだ.
ぼくは言った.『いやはやこうなっては,もうどうにも抜き差しならなくなったぞ』
イギリス軍およびその連合国軍は,全面的に着々と後退を続けていた.
一つへまをしでかせば,大々的な破滅をきたすにちがいない.
ところが,この時に至ってスコーズピーが何をしたかということだがね‥.自分の左の手を右手と取り違えたんだな‥.
彼のところへ『後退して右方の我が軍を援護せよ』という命令が届いたのに,
我が軍はこの気違いじみた移動が発見され阻止されるまでに,丘を越えてしまっていたんだ.
そこには,予想もしていなかった予備のロシア軍が全員そろって待機していたんだ.
まさに,99パーセントまではそうなるはずだったんだが,それが実はそうじゃなかったんだよ.
度肝を抜かれたロシア人たちは,今ごろ1個連隊だけで,あんなところをプラプラしているはずはないと考えたわけだ.
あれはきっとイギリス軍が全員集結しているにちがいない.
彼らは背を向けてあわてふためき退却した.彼らがばらばらになって,丘を越え野原へ逃走するのを我が軍は追撃した.
まもなく,古今未曽有(みぞう)の敗走の大惨事を生んだわけだ.
連合国軍は負け戦から,一躍にして輝かしい大勝利を博したということだ.
カンロベール元帥はこれを見ていて,不思議さと驚きと喜びで,頭がぐらぐらした.
彼は早速スコーズピーを呼び寄せ,戦場で全軍が見ている前で,両腕で彼を抱き締めたのだ.
スコーズピーはこの日,偉大な天才的軍人としての名声をかちえたのであるが,そのおかげで,彼の栄誉は全世界に響きわたったのだ.
この栄光は歴史の書物が消え失せない限り,いつまでも語り伝えられるだろう.
彼は,相変わらず人柄のいい快活な人物ではあるが,いまだに面倒が起こりそうになったら身をかわすというすべを心得ていないんだ.
これは今日に至るまで,スコーズピーと私以外はだれも知らないことなんだよ.
彼は長年にわたって,あらゆる戦争でりっばな軍人として通ってきたのだ.
彼は軍隊生活の全期間にわたって,ことあるごとにへまを繰り返してきたのだ.
そしてそのへまの一つ一つが,彼をナイトにし,准男爵にし,貴族そのほかにしてきたのだ.
彼の胸を見るがいい.国の内外から贈られた勲章でいっぱいだ.
しかしだね,これらの勲章のどの一つをとってみても,偉大なへまを物語る証拠にすぎないんだよ.
これらの勲章は,人間にとって最善の出来事は幸運の下に生まれるものだ,ということを証明しているんだ.
もう一度言わせてもらうが,彼は祝賀会でも言ったように,全くどうしようもないばか者なんだ」
マーク・トウェインの『運』をお送りしました.語り手はモリス・ジョイスでした.
来週も同じ時間に,特別英語によるアメリカの短編小説をお送りします.どうぞお聞きください.
Reproduced by the courtesy of the Voice of America