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Episode-6 Bartleby(2) バートルビー


Episode-6 Bartleby (Herman Melville) バートルビー (ハーマン・メルビル)
AMERICAN SHORT STORIES
私はどうすればいいのだろう.
バートルビーは全然働こうとしないのです.
だとすれば,今の仕事につけておくことはないではないか.
私は解雇を言い渡すことにしました.
私は彼に,6日以内に事務所を立ち退くことを求め,報酬のはかにもいくらかの金を支払ってやろうと言いました.
働く意志がないのなら,出て行くのは当然の義務です.
6日目になって,私はかすかな望みを抱いて,バートルビーが使っていた部屋をのぞきました.
彼はまだそこにいたのです.
その翌朝,私は早く事務所へ行きました.
しんと静まり返っていました.
私はドアを開けようとしましたが,ドアはロックされていました.
中からバートルビーの声が聞こえてきました.
私は稲妻に打たれたように立ちすくみました.
私は通りを歩きながらこう考えました.
「そうだな,バートルビー.きみがどうしても立ち退かないというのなら,ぼくのほうできみを置き去りにしよう」
私は何人かの男たちに金をやって,事務所の家具を,一つ残らず別の場所へ移させました.
バートルビーは男たちが自分のいすを運び出す時も,何もせずただじっとそこに突っ立っていました.
「さようなら,バートルピー.
じゃ,ぼくは行くからね.
さようなら,神さまのご加護がありますように.
さあ,この金を取っておきなさい」
私はこう言って,金を彼の両手に持たせましたが,
金は床の上に落ちました.やがて,こう言うと不思議に聞こえるかもしれませんが,私は出ていってほしいと思っていた男を置き去りにするのがつらくなったのです.
数日後,知らない人が新しい事務所へ私をたずねて来ました.
「あなたは,前の事務所に置き去りにした男に対して責任があるんですよ」彼は言いました.
「私は事務所の建物の所有者から,『あなたがあの男を立ち退かせる義務がある』という,裁判所からの命令書を渡されたのです.私たちも彼を立ち退かせようとしたんですが,彼はもどってきては,はかの人たちに迷惑をかけるんですよ」
私が前の事務所へ行ってみると,バートルビーは何もない床の上に座っているのです.
「バートルビー,2つのどちらかにしてもらわなくてはならないんだ.
私がきみに別の仕事を見つけてあげてもいいし,きみのほうから進んでほかの弁護士のところへ働きに行くか,このどちらかなんだよ」
彼はどちらもいやだと言うのです.
「バートルビー,ぼくと一緒に家へおいでよ.そうして身の振り方が決まるまでは,家にいればいいんだから」
彼は静かに答えました.「いいえ,ぼくは今のままがいいんです」
私はもうそれ以上何も言いませんでした.
私はその場から逃げ出しました.
町中を乗り回して,旧跡そのほかなんでも,バートルビーのことを忘れようとして,あらゆるところを見て回ったのです.
その後,私の事務所に入ると,私あての伝言が届いていました.
バートルビーは刑務所に入れられたというのです.
私が刑務所へ行ってみると,彼はそこにいるのです.彼は私に会うと,こう言いました.「あなたのお気持ちはよくわかっています.あなたに申し上げることは何もございません」
「でも,ぼくがきみをここへ入れたわけじゃないんだよ,バートルビー」
私はひどく傷つけられた思いでこう言いました.
私は彼のためにおいしいディナーを買ってやってくれといって,看守にお金を渡したことも彼に伝えました.
「きょうは何も食べたくありません」彼は言いました.
「私はディナーなんか食べないのです」
何日かたって,私はもう一度バートルビーに会いに行きました.
私は,彼は刑務所の外庭で寝ていると聞かされました.
果たして眠っているのだろうか.
やせ衰えたバートルビーが,冷たい石の上で横になっていました.
私はかがんで,ひざを抱えて横向きに寝ている,あの小さな男を見ました.
さらに歩み寄って,彼を見下ろしました.
彼の目は開いていました.
ぐっすり眠っているように見えるのです.
「きょうも食べないのかな.それとも食べなくても生きていられるのかな」看守はたずねました.
「食べなくても生きていられるんですよ」私はこう答えると,彼の目を閉じてやりました.
「ははあ-,眠ってるんだね」
看守は言いました.
「王侯貴族や弁護士たちと一緒にね」と私は答えました.
彼の死後幾日かたって,あるちょっとした話が私のところに伝わってきました.
私が知ったのは,彼が長年郵便局に勤めていたということです.
彼は特殊な部署についていて,そこでは受取人に届かなかった国中の手紙を開封するのです.
そこは受取人不明書簡局と呼ばれていました.
そこへくる手紙ははっきりと書いてないので,郵便配達人は住所が読み取れないのです.
かわいそうにバートルビーは,だれかの名前がはっきりと書いてあって,その人のところへ届けられる手紙がないかどうか,これらの手紙を読み取ることが仕事だったのです.
考えてもごらんなさい.
ある手紙からは結婚指輪が出てきて,それをはめてもらうために買ったのに,それをはめるはずだった指は墓場の中でもう朽ちばてているかもしれない,
といったことがあるかと思うと,またある手紙にはお金が入っているが,そのお金で助けてもらうはずだった人は,もうとっくの昔に死んでしまっているといったものがある,といった具合だったのです.
それらは,希望を失って死んでいった人たちへの望みがこめられた手紙なのです.
かわいそうなバートルビー!
彼自身もすべての望みを失ってしまったのです.
彼の仕事が彼の内部の何かを殺してしまったのです.
ああ,バートルビーよ!
ああ,人間性よ!
『バートルビー』というアメリカの短編小説をお送りしました.
原作者はハーマン・メルビルです.レット・ターナーが特別英語でお送りしました.
「アメリカの声」では来週もこの時問に,次のアメリカの短編小説をお送りします.どうぞ,お聞きください.
 
Reproduced by the courtesy of the Voice of America
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