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ホーム青空文庫シャーロック・ホームズ最後の挨拶

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His Last Bow シャーロック・ホームズ最後の挨拶

The Adventure of the Devil's Foot 悪魔の足 10

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「牧師は知っていた。俺たちはあの人を信頼していた。
あの人なら、ブレンダは地上に舞い降りた天使だと言ってくれただろう。
それであの人は俺に電報を送り、俺は帰ってきたんだ。
アフリカだの荷物だのが何だというんだ、最愛の人に降りかかった運命を聞いているというのに? 
ミスター・ホームズ、あんたが俺の行動について見落としているのはそこだ」
「続きを」と、私の友人が言った。
ドクター・スタンデールは紙包みをとりだして、テーブルの上に置いた。
外側に、Radix pedis diaboli と書かれており、その下には毒薬という赤いラベルが貼られていた。
スタンデールは包みを私のほうに押し出した。
「そっちは医者なんだったな。
この調剤について耳にしたことはあるか?」
「魔足根! いいえ、まったく聞いたことがありませんね」
「自分の専門知識を疑うには及ばんよ」と、スタンデール。「ブダの一研究所にある標本をのぞけば、ヨーロッパのどこにも見本がないはずだから
。薬局方にも毒物学の文献にも出たことがない。
この根は足に似た形をしているんだが、それが山羊の足にも人間の足にも見えるため、とある植物学者によってこの空想じみた名前がつけられたってわけさ。
西アフリカの一地方では、薬草師どもが神裁用の毒として用い、連中の間で秘密にされている。
ここにあるのは、突飛な出来事からウバンギ地方で手に入れたんだ」
などと話しながら紙を開くと、中から赤茶色の鼻から吸うタイプに似た粉薬が出てきた。
「それで?」と、ホームズが厳しく尋ねた。
「これから話すよ、ミスター・ホームズ、何が起きたのか、そのすべてを。あんたはすでにかなりのことを握っているし、いっそすべてを知ってもらったほうが俺のためになるだろうからな。
トリジェニス家との関係については前に説明したとおり。
ブレンダのこともあったから、兄弟たちとも仲良くしていたよ。
金に関する家庭内の揉め事があって、モーティマーは離れて暮すようになったが、後で仲直りしていたらしい。揉め事があった後も、俺は兄弟たちともモーティマーとも会っていた。
あいつは狡猾で陰険な策の多い男で、疑いを抱かせる出来事も何度かあったんだが、全面的な不和をもたらすほどではなかったんだ。
「ある日、たった2週間前のことだが、あいつが俺のコテージにやってきたとき、アフリカの珍品の一部を見せたことがあった。
この粉薬もその中にあったよ。そして俺は、この粉薬がどういう性質を持っているか、恐怖を支配している脳中枢をどう刺激するか、部族の僧侶によって神裁にかけられた者がその不幸な運命としてどう狂い、どう死んでいくかを教えてしまった。
それに、ヨーロッパ科学がこの毒薬を検出するのにどれほど無力かということも。
俺は部屋を出なかったし、どうやって持ち出したのかは分からないな。きっと俺がキャビネットを開けたり箱にかがみこんだりしている間に、いくらかを掠め取ったんだろうさ。
よく覚えているよ、効果を顕すのに必要な量や時間について熱心に質問していたのをね。しかし、直接的な理由があって聞いているんだとは夢にも思わなかった。
「このことについてそれ以上は考えなかった、ラウンドヘイの電報をプリマスで受け取るまでは。
あの悪人は、俺が知らせを受け取る前に海に出て、数年間アフリカをさまよっているはずだとでも思ったんだ。
詳しい話を聞いてみると、俺の毒が使われたという推測を抱かずにはいられない。
俺はここにきてあんたと会い、別の解釈がたつ可能性を確かめた。
しかし、それはありえそうにない。
モーティマー・トリジェニスによる金を動機とした犯罪だと、俺は確信した。おそらく肉親がみな精神異常者になれば共有財産の独占管理者になれると踏んで、魔足根を使って2人の理性を吹き飛ばし、妹のブレンダを、俺がこよなく愛し、俺をこよなく愛してくれたブレンダを殺しやがったんだ。あいつは罪を犯した。
では、どんな罰がやつに相応しいか?
「法に訴えるべきだったのか? 
俺の根拠が何になる? 
俺には真相が分かっているが、田舎者の陪審員どもに、この空想じみた物語を信じさせることができるだろうか? 
成功と失敗、どっちだってありえた。
ただ、失敗しては困るんだよ。
心が復讐を叫んでいた。
先ほども言ったとおり、ミスター・ホームズ、俺は人生の大部分を無法地帯で過ごしてきたし、自分自身を法としてみなす癖がついている。
あのときもそうだ。
俺は、あいつが妹たちに与えた運命を、あいつ自身もまた共にすべきだと決断したんだ。
拒まれれば、俺自身の手であいつの頭上に裁きを下してやるつもりだった。
イギリス中で、今現在の俺ほどに、自分の生命を軽んじた人間は絶対にいないね。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Kareha
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