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ホーム青空文庫シャーロック・ホームズ最後の挨拶

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His Last Bow シャーロック・ホームズ最後の挨拶

The Adventure of the Devil's Foot 悪魔の足 8

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「ちょっと時間をおいて部屋の空気を入れ替えた方がいいだろう。
ワトスン、あの悲劇がどうやって引き起こされたのか、もう何の疑問もあるまい?」
「ああ、まったくないよ」
「だが、動機は依然としてはっきりしない。
あの嫌な空気がまだ喉にこびりついているようだ。
あらゆる証拠があの男、モーティマー・トリジェニスの犯行を指し示しているのを認めなければならない。第一の悲劇はそれで済む。だが、彼は第二の事件の被害者だ。
原点に帰って思い出す必要があるな。家族同士の紛糾についての話があった。その話は、後に和解した、と続いていた。
それがどれくらい酷い紛糾だったのか、どれくらい確かな和解だったのか、我々には分からない。
モーティマー・トリジェニスについて、狡猾そうな表情や、眼鏡の奥の欲深そうな瞳から、別に寛大な性質を持っていたというわけではないと判断すべきだろうね。
さて次は、何かが庭で動いていたという、しばらくの間我々の注意を悲劇の真相から遠ざけていた見解を覚えているだろう。モーティマー・トリジェニスから広まったものだ。
彼には我々を誤導する動機があったのだ。
最後に、仮に彼が暖炉へ問題の物質を放りこまなかったとした場合、それはいったい誰の仕業なんだろう? 
事件は彼が辞去した後に発生した。
誰か別の人間が部屋に入ってきたのだとしたら、兄弟はきっとテーブルを立ったはずだ。
そのうえ、平和なコーンワルでは、夜10時以降の訪問客などありえない。
よって、すべての証拠がモーティマー・トリジェニスの犯行を指し示しているとしていいだろう」
「では、彼自身の死因は自殺だったと!」
「そう、ワトスン、その推測も表面的にはありえないことでもないな。
この男は、肉親を破滅させたという罪悪感を魂に抱えて、後悔のあまり自らに刑罰を加えたのかもしれない。
だけどね、それに反対する強力な根拠がいくつかあるんだよ。
幸運にも、その辺りをすべて知っている男が1人、イギリスにいる。その男の口から、今日の午後に事情を聞けるよう手配しておいたんだ。
お! 約束より少し早いな。
こちらへお進みくださいませんか、ドクター・レオン・スタンデール。
屋内で化学の実験をやってしまいまして、室内は高名なお客さまをお迎えできるような状態にないんです」
庭の門から何かがはずれる音がして、偉大なるアフリカ探険家の雄大な姿が小道の上に現れた。
そして、やや驚いた様子で、我々が腰を下ろしている飾り気のない東屋に向かってきた。
「俺に使いを出したんだね、ミスター・ホームズ。
1時間前にメモを受け取って、いまこうしてやってきたよ。あんたの呼び出しに応じなきゃならん理由などまったく知らんがね」
「その点に関しては、お別れするときまでには明らかにできるでしょう」と、ホームズ。
「礼儀と忍耐に心より感謝いたします。
無礼にも野外でお迎えすることになりたいへん恐縮なのですが、私と友人ワトスンとは新聞が『コーンワルの恐怖』と呼んでいる悲劇にもうすこしで第3幕を付け加えるところでしたから、当面はきれいな空気を愉しんでいたいのです。
たぶん、これから話し合わなければならない問題には、ドクターご本人もたいへん私的な形で思うところがありましょうから、盗み聞きされない場所でお話しするのが好都合というものです」
探険家は唇からパイプを離すと、ホームズに険しい視線を向けた。
「まったくわけが分からんね、ミスター・ホームズ。いったい何を話して、俺自身にたいへん私的な形で思わせようっていうんだ」
「モーティマー・トリジェニス殺害の件」と、ホームズ。
その瞬間、武装しておけばよかったと私は思った。
スタンデールの荒々しい顔は赤褐色に染まり、両眼は激しく光り、節くれだった短気な血管が額に浮かび上がった。その上、拳を握り締めてホームズに向かって身構えたのだ。
スタンデールはそこで踏みとどまり、暴力的な努力によって冷たく頑なな態度を取り戻した。それはおそらく、激発しているときよりも危険な兆候だ。
「俺はかなり長いこと野蛮で無法な世界に生きてきた」と、スタンデール。「それで、俺自身の法に相手を従わせるのが癖になっている。
いいかい、ミスター・ホームズ。それを忘れないでくれよ。あんたに怪我をさせたいとはまったく思ってないんだからな」
「私もあなたに怪我をさせたいとは思っていませんよ、ドクター・スタンデール。
きっとご理解いただけるでしょう。私は自分が何を把握しているのか知っていながら、警察ではなくあなたをお呼びしたのですから」
スタンデールは言葉を詰まらせて腰を下ろした。おそらく、その冒険的人生ではじめて威圧されながら。
ホームズの態度にあった穏やかな自信に、彼は抵抗できなかったのだ。
スタンデールはしばらくの間口ごもり、大きな手に力を入れないようにして動揺を隠した。
やがて、スタンデールは聞き返した。「何が言いたいんだ? もしこれがあんたお得意のハッタリなのであれば、実験相手としてよくない人間を選んだな。
藪の周りをつつきまわるのはもうよそう。いったい、何が言いたい?」
「お教えしますとも」と、ホームズ。「なぜお教えするかといえば、率直さが率直さで報いられるかもしれないという希望を持っているからです。
その先はどうするか、完全にあなたの自己防衛の性質によるでしょうね」
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Kareha
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