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The Return of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの帰還
The Adventure Of The Norwood Builder ノーウッドの建築家 4
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
「持論を進めだすとまったく手におえませんね、ミスター・ホームズ」とレストレイド。
「そうだな、例の若者の話を補強してくれるね。遺言書がジョナス・オールデイカーによって、昨日、道すがらに書かれたものだというところまで。
好奇心をそそられるよ――そうだろう?――そういう大切な文書を、こんなでたらめな方法で書き上げるとはね。
どうやら、こいつが実際にたいへん重要なものになるなんて思っていなかったらしい。
もし、発効させるつもりがない遺言書を書くんであれば、こんな真似をするかもしれないね」
「まあ、この遺言書と一緒に、自分の死刑執行書を書いたということですよ」とレストレイド。
「なるほど、その可能性は高い。だけどね、僕には事件がまだ明白じゃないんだ」
「明白じゃない? だいたい、これが明白でないとすると、いったい何をして明白というのです?
ここに1人の男がいる。ある老人が死ねば一財産を相続できるという情報が舞いこんできた。
彼はどうしますか? 彼はそのことを誰にも言わない。代わりに、こう企てるんですよ。夜、その老人に会うために出かける。もっともらしい理由もある。
家の中にいるもう1人の人物が眠りにつくまで待ち、部屋で老人を殺害する。遺体は木材置場で焼き払う。そして、現場を去り、近くのホテルに泊まる。
被害者に外傷を残さなかったと思っていたのかもしれない。死体が痛んでしまえば、死因を判定する痕跡も見つからないだろう――何らかの理由で彼が犯人だと指し示す痕跡をね。
「胸を打たれるよ、レストレイドくん、あまりにも明らかすぎる些事として」とホームズ。
「君は自分のすばらしい特性の中に、想像力を付け加えようとしないけどね、少しの間、この若者の立場に身を重ねてみるんだ。君は、問題の遺言書が書かれたその日の夜をだよ、犯行の日時として選ぶのかい?
この2つの出来事を、そんなに連続して起こすことに危険を感じないのかい?
まだある。君が家の中にいることを誰かに知られているとき、使用人が君を迎え入れたとき、そんなときをチャンスと考えるのかい?
おまけに、死体の始末にかなり骨を折っておきながら、自分のステッキを証拠として残していくのかい?
白状するんだね、レストレイド、どれもまったくありえそうにないって」
「ステッキについて言えば、ミスター・ホームズ、ご承知のとおり、犯罪者はときに混乱のあまり、冷静な人間ならやらないようなことをやってしまうものですよ。
他に事実とぴったり合う理論があるのなら、ぜひどうぞ」
「たとえばさ、こういう話だって可能性がある。いや、十分に可能だね。
老人が、見るからに値打ちものと分かる書類を広げている。
通りすがりの浮浪者が窓からそれを見る。ブラインドは半分しか降りていない。
そして、目についたステッキを握りしめ、オールデイカーを殺害。死体を焼いて立ち去る」
「浮浪者も殺人の痕跡をすべて隠滅したかったんだろうさ」
「それに、浮浪者はなぜ何もとっていかなかったんですか?」
レストレイドは首を横に振った。さっきまでの絶対的な自信はややゆらいだようではあったが。
「それじゃあ、ミスター・シャーロック・ホームズ、浮浪者とやらを探してみるんですね。その間に、我々はあの男の線で調べつづけますから。
この点は言っておきますよ、ミスター・ホームズ。我々の知るかぎり、書類は1枚も持ち出されていません。そして、容疑者は世界でただひとり、書類を持ち出す必要がない人物です。彼は法定相続人であり、いかなる場合もすべてを手にするんですから」
「いや、その証拠がそれなりに君の考えに味方するってことを否定するつもりはないんだ。
ただ、別の考え方もありえるんじゃないかと言っておきたかっただけでね。
ごきげんよう! とりあえず、今日中にノーウッドによって、捜査がどれくらい進んだかを見にいくよ」
レストレイドが出ていくと、ホームズは立ち上がり、今日の活動のための準備をした。好みの仕事を目前にした人間に見られる、きびきびした様子で。
「捜査の初動は」と、フロックコートをすばやく身につけながら言った。「言ったとおり、ブラックヒース方面だよ、ワトスン」
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Kareha