HOMEAOZORA BUNKOThe Adventures of Sherlock Holmes

ホーム青空文庫シャーロック・ホームズの冒険

※本文をクリック(タップ)するとその文章の音声を聴くことができます。
  右上スイッチを「連続」にすると、その部分から終わりまで続けて聴くことができます。
で日本語訳を表示します。
※ "PlayBackRate" で再生速度を調節できます。

The Adventures of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの冒険

The Adventure Of The Speckled Band まだらのひも 6

Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
 シャーロック・ホームズが外から帰ってきたのは、一時頃だった。
手に水色の紙を持っていて、数字や抜き書きがいっぱいに書き込まれていた。
「亡くなった細君の遺言状を見てきた。
正確な内容を考えるために、関係する投下資本の現在価格を計算しなくてはならなかった。
細君の死んだ当時、年収で一一〇〇ポンド弱もあったものが、今は農産物の価格下落で、せいぜい七五〇ポンドというところ。
そして娘が結婚すると、ひとりにつき年収二五〇ポンドずつ受け取れるようになってある。
それゆえに、もしふたりの娘が嫁いでしまえば、うま味が少しだけになってしまうわけだ。ひとりだけでも深刻なほどに損なわれる。
今朝の仕事は無駄ではなかった。このようなことをしでかす最も有力な動機があると証明された。
さあ、ワトソン、じっとしている場合ではない。とりわけあの老人は僕等が事の邪魔になると分かっている。準備次第、辻馬車を呼んでウォータルー駅へ急ごう。
リヴォルヴァを懐に忍ばせてくれるとありがたい。
エリィNO.2なら、鉄の火掻き棒を折る紳士にもうまく対抗できる。
それと歯ブラシ、それだけで足りるだろう。」
 ウォータルー駅で運よくレザヘッド駅行きの汽車を捕まえ、そこから駅付きの宿屋で軽馬車を頼み、美しいサリィ州の田舎道を四、五マイルほど揺られていった。
申し分のない天気で、日はうららか、空にはふわふわした雲。
沿道の木々にも生け垣にも新緑の若葉が芽生え、空気は湿った土の香りを含んでいた。
春のさわやかな希望と、我々の取り組む重い使命とのあいだに、私は妙な対比を感じずにいられなかった。
我が友人は馬車の前席で腕組みをして、帽子を深くかぶり、あごを胸につけて、深い考えに沈んでいた。
ところがふと身を起こすと、私の肩を叩き、牧場の彼方を指さした。
「あれを見たまえ。」
 立木の多い庭園が緩やかな丘に沿って広がり、頂上は深い緑に覆われた森になっていた。
その木々の間から、古屋敷の灰色の破風と高い屋根がのぞいていた。
「ストーク・モランか?」とホームズが訊ねると、
「そうでごぜえます。グリムズビ・ロイロット博士のお屋敷でがす。」と、御者が答えた。
「そこで普請をやっているとか。」とホームズ。「そこが行き先だ。」
「あすこが村で。」御者は左手奥の集落を指さした。「けども、お屋敷に行きなさるなら、そこの石段を上がって、畑の小道を行かっしゃるのが近道ですぜ。
ほんら、あの娘っ子も歩いておりましょうがな。」
「その娘っ子、どうやらストーナさんだ。」ホームズは小手をかざして眺める。
「結構。君の言うままが賢明のようだ。」
 我々は馬車を降り、代金を払うと、馬車はレザヘッドの方へがたごとと引き返していった。
「この方がいい。」踏み越し段を上りながらホームズが言う。「建築技師やら、用事のある人間が来たのだと思うに相違ない。
角も立たぬ。
ごきげんよう、ストーナさん。
お約束通り参りました。」
 今朝の依頼人は駆け寄って挨拶した。顔にうれしさがにじみ出ている。
「たいへんお待ち申し上げました。」声を張り上げ、熱烈に握手をする。
「ロイロット博士もロンドンへ出ましたから、夕方までめったに帰ってきません。」
「先生とは、もうお近づきの光栄をいただきました。」とホームズは言い、起こった事を手短に説明した。
ストーナ嬢は終わりまで聞かぬうちに唇まで真っ青になった。
「なんということでしょう! あとをつけられたのですね。」
「そのようで。」
「先読みされて、いつも籠の中の鳥。
帰ってきたら、何と言われるか。」
「だが用心すべきは向こうの方です。もっと先を読む人間が自分を追っているのですから。
とにかく今夜、鍵を閉めて彼を近づけぬこと。
狼藉を働くようなら、ハロウの叔母さんのところまで送って差し上げます。
さて、できるだけ時間を有効に使いましょう。見ておくべき部屋の方へご案内をお願いします。」
 建物は、苔むした石造りで、地は灰色、中央部が一段と高くなっており、それから左右へ棟がそれぞれ翼状にのびていた。
一方は窓の破れたところに板が打ち付けてあったり、屋根がへこんでいたりして、廃墟の体であった。
中央部も手入れ不足であった。ただ右側の棟だけは、割合に新しく、窓に日よけもあれば、煙突からは青い煙がゆらゆら上っており、住居区であることが見て取れた。
右側の棟の外れに足場がくんであり、石の壁が崩れていたが、我々が訪れたとき、職人の姿はどこにも見えなかった。
 
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Yu Okubo
主な掲載作品
Sherlock Holmes Collection
The Adventure Of The Copper Beeches ぶな屋敷 NEW!!
The Adventure Of The Beryl Coronet 緑柱石の宝冠 NEW!!
The Adventure Of The Noble Bachelor 独身の貴族 NEW!
The Adventure Of The Engineer's Thumb 技師の親指 NEW!
The Boscombe Valley Mystery ボスコム渓谷の惨劇 NEW!
The Sign of the Four 四つの署名 NEW!
The Reigate Puzzle ライゲートの大地主
The Crooked Man 背中の曲がった男
The Adventure Of Charles Augustus Milverton チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン
Silver Blaze 白銀の失踪
The Adventure Of The Solitary Cyclist 孤独な自転車乗り
The Gloria Scott グロリア・スコット号
The Yellow Face 黄色い顔
The Resident Patient 入院患者
The Adventure Of The Sussex Vampire サセックスの吸血鬼
The Stock-Broker's Clerk 株式仲買人
The Adventure Of The Three Students 三人の学生
The Adventure Of The Norwood Builder ノーウッドの建築家
The Adventure of the Devil's Foot 悪魔の足
A Case Of Identity 花婿失踪事件
The Man With The Twisted Lip 唇のねじれた男
The Five Orange Pips オレンジの種五つ
A Study In Scarlet 緋色の研究
The Adventure Of The Empty House 空き家の冒険
The Adventure Of The Dying Detective 瀕死の探偵
The Adventure Of The Blue Carbuncle 青い紅玉
The Adventure Of The Dancing Men 踊る人形
The Adventure Of The Speckled Band まだらのひも
A Scandal In Bohemia ボヘミアの醜聞
The Red-Headed League 赤毛組合
QRコード
スマホでも同じレイアウトで読むことができます。
主な掲載作品
Sherlock Holmes Collection