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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出
The Yellow Face 黄色い顔 6
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
彼女の熱心さとそして憂わしげな様子とは、私を思いとまらせました。そして私は入口の前に心をきめ兼ねて立っていたのです。
「条件づきでお前の云うことを信じよう。たった一つの条件づきで……」 やがて私は云いました。
「それはこの不快な事件を、きょうを最後にすると云う条件だ。
――お前はお前の秘密をかくしていたいならそれはお前の自由だ。けれどただこれだけは約束しなくちゃいけない。もう二度と夜中によそへ出て行かないと云うことと、私に知らせないでは何もしないと云うことだけは。
――そして、もうこれからこんなことはしないと云うなら、出来ちまったことは忘れてやってもいい」
「たしかに私を信じて下さるわね」 と、彼女はそう云って、ホッと太い溜息をつきました。
「あなたのお望み通りにするわ。ね、さあ、行きましょう。家へ帰りましょう」
彼女はなおも、その離れ家から私を連れ去ろうとして私の袖を引っぱるのでした。
やがて少し行ってから私が振り返ってみますと、例の黄色な鉛色の顔が、二階の窓からじっと私たちを見詰めておりました。
――一体、あの気味の悪い顔と私の妻との間に、何かのつながりがあるなんて云うことがあるだろうか
。否、きのう私が会った、あの呪わしい粗野な女が、どうして私の妻とつながりをつけたのだろう?
――不思議な謎です。そしてこの謎を解かない限り、私の心はどうしても平静に戻ることは出来ないと云うことが分かりました。
それから二日の間、私は家におりました。そして私の妻は、私たちの約束に絶対的に服従して、私の知ってる範囲では、家から外へは決して出ようとしませんでした。
すると二日目のこと、私は彼女のした約束が厳格に守られていないで、彼女は彼女の夫と彼女の義務を裏切っていると云う証拠を握ったのです。
その日私は町へ出かけていったのでしたが、いつも私が乗る習慣になっていた三時三十六分の汽車の代りに、二時四十分の汽車で帰って来たのです。
そして家に這入ると、女中がびっくりした顔をして、大広間に飛び出して来ました。
「散歩にお出かけになったようでございますわ」 と、女中は答えました。
私の心はみるみる猜疑心で一ぱいになってしまいました。
私は彼女が家にいないと云うことを確かめるために、二階にかけ上がりました。
私は二階にかけ上りながら、偶然に窓から表をチラッと見ました。と、私は、今私が口をきいて来たばかりの女中が、広場を横切って例の離れ家のほうへ走って行くのを見つけたのです。
こうなれば、無論私は、すべてのことを想像することが出来ます。
――私の妻は例の離れ家にいっているのです。そしてもし私が帰って来たら迎えに来るように云いつけてあったのです。
私は怒りにふるえながら、二階から馳け降りると広場を横切って走って行きました。この事件をきれいに解決してやろうと決心して。
――私は私の妻と女中が並んで、例の細い道をいそいで戻って来るのに出会いました。しかし私は立ち止ろうともしませんでした。
――あの離れ家の中に、私の生活に暗い影を投げている、何かの秘密が横たわっているんだ。
たといそれがどんなものであろうと、いつまでも秘密にしておいてはならない、――と、私は自身に誓いました。
そしてその離れ家につくと、私はノックもせずに、いきなりドアのハンドルを廻して中に飛び込んだのです。
お勝手のお鍋の中で何かがぐずぐず煮えてい、黒い猫が籠の中にうずくまっているだけで、私が前に会った女の影はどこにも見えませんでした。
私は別の部屋に馳け込んでみました。しかしそこにも同じように誰もいませんでした。
そこで私は二階に上っていってみましたが、しかし誰もいない空っぽの部屋が二つあるのを見出したばかり。
――飾ってある家具類や絵は至って平凡な凡俗なものばかりでしたが、私が、例の奇妙な顔を見た窓のついている寝室の中だけは別でした。
そこは気持ちよく優雅に飾ってありました。が、そこの暖炉棚の上に、私の妻の等身大の肖像画が飾ってあるのを見つけた時、私の疑念は一時にムラムラと燃え上がりました。その肖像画と云うのは、たった三ヶ月前に私が望んで描かせたばかりのものだったのです。
私は家の中がたしかに空っぽであると云うことを確かめるために、なおまだ長い間そこに立っておりました。
が、やがて私は、何か今までに経験したことのない圧迫を感じて来て、私はその家を出ました。
そして私は家に帰りますと、妻は大広間に出て来ました。けれど私は彼女に話しかけるには、余りにイライラし腹が立っていましたので、ものも云わずにさっさと自分の部屋に這入ってしまいました。
けれども彼女は、私が部屋のドアをしめないうちに、私について中に這入って来ました。
「ごめんなさい、約束を破って。ジャック」 彼女は云いました。「けれどもしあなたが、すべての事情を知って下すったら、きっと私を許して下さると思うわ」
「話せないのジャック、話すことは出来ないの」 彼女は叫びました。
「あの離れ家の中に住んでいるのは何者だか、そしてまた、お前があの肖像をやったのは何者だか、それをお前が話すまでは、私たちの間は夫婦でもなんでもないんだ」 私はそう云うと、彼女から逃げて家を出てしまいました。
――ホームズさん。それが昨日の事なんです。それ以来私は彼女に会いませんし、従ってこの奇妙な事件についても何も知りません。
これは私達夫婦の間にかもされた最初の暗い影なのです。そして私はさんざん頭を悩ましたけれど、どうしたら一番よいのか分からないのです。
――するとけさのことでした、ふと私は、あなたなら私の相談に乗って下さると思いついて、いそいでやって来たんです。そして何もかも腹臓なく申上げてあなたのお手にすがったわけなんです。
――まだもしどこかはっきりしない点があるようでしたら、どうかおききになって下さい。
けれど、いずれにせよどうか早く、私はどうしたらいいか、それを云って下さい。私はこの不幸に、もう堪えられないんです」
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo