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The Memoirs of Sherlock Holmes シャーロック・ホームズの思い出
The Yellow Face 黄色い顔 7
Sir Arthur Conan Doyle アーサー・コナン・ドイル
AOZORA BUNKO 青空文庫
ホームズと私とは、この驚くべき話を、非常な興味を以ってきいた。それは話し手が激しい感情に捕われていたため、早口に順序もかまわずに話されたのだったけれど。
――ホームズはしばらくの間無言のまま、額に両手をあてて、じっと考えに沈みながら坐っていた。
が、やがて彼は云った。「その窓で見たのは、確かに人間の顔だと断言出来ますね」
「ところが、それを私が見た時はいつも、かなり離れていたので、確かにそうだと云うことは出来ないんです」
「けれどあなたはそれを見ていやな気がしたとおっしゃいましたね」
「うす気味の悪るい色をして、硬ばった顔をしていました。
そして私が近寄って行くと、急に、かくれてしまうのでした」
「それはあなたの奥さんが、あなたに百磅請求してから、どのくらい後でしたか?」
「あなたは、奥さんの最初の檀那さんの写真を見た事がありますか?」
「いいえ。――彼女の初めての夫が死んでからまもなく、アトランタに大きな火事があったんです。それで、彼女の持っていた写真はみんな焼けてしまいました」
「奥さんは死亡証明書を、持ってる。――あなたはそれを、御らんになったと、おっしゃいましたね」
「あなたは、アメリカであなたの奥さんを知ってる人に、誰かお会いになった事はありませんか」
「奥さんは、またアメリカへ行きたいなどと、おっしゃってはいませんか」
――ところで、その事件について考えてみなけりアならないんですが、もしその離れ家がそのまま空家になっているとすると、これはちょっと困難な問題ですね。
しかしその反対に、実はそうあってほしいんですが、もしその離れ家に住んでた人が、あなたのやって来るのを前以って知っていて、きのうあなたが這入って行く前にその離れ家から出ていって、今はまた戻って来ているのだとすると、これは案外容易に片がつくと思うんです。
――で、それについてあなたにお願いしたいのは、ノーブリーへお帰りになって、もう一度その窓を調べていただきたいんです。
そしてもし確かに誰か中に住んでいるらしいことがお分かりになったら、あなた御自身で中へ這入っていくようなことはなさらないで、私の友人と私に電報を打って下さい。
そうすれば私達は一時間以内にはそこへいって、大いそぎで事件を徹底的に解決してしまうことが出来るでしょう」
「その時については、明日、またあなたとよく相談しましょう。
――じアさよなら。特に確実に根拠をつかんでしまうまでは充分慎重にやって下さい」
そうして私の仲間は、グラント・マンロー氏をドアまで見送って帰って来ると、「ワトソン君、こいつはちと厄介な事件らしいね。
「そうだ。――脅喝している奴がいる。いないとなると僕の非常な思い違いになるんだが……」
「無論、その離れ家の例の気持ちよく飾った寝室だけに住んでる、あの男の妻の肖像を暖炉棚の上に飾っとく男さ。
――僕に云わせると、ワトソン君、窓に現れる例の蒼白い顔に目星をつけるべき何物かがあると思うんだ。それにしても事件の真相を誤ってはならないからね」
「ああ、自分だけで考えてるのはあるんだが、事件が私の考えてる通りにいってくれないと困るんだ。
――とにかくこの女の最初の夫と云うのが、その例の離れ家の中にいるんだよ」
「だって、今の亭主をその離れ家の中に入れまいとして、彼女が気違いのような騒ぎをしたと云うことについて、僕たちはどう説明したらいいだろう。
僕が想像した所によると、事実はこうなんだよ。――この女はアメリカで結婚した。
ところがその夫は、何かいやな性質を持っていたんだ。あるいは、何かいやな病にかかった、たとえば癩病とか痴呆症とか、そんなものになったと云ってもいい。
彼女はたまらなくなって、亭主から逃げ出して、名前をかえて英国に帰って来たんだ。そして彼女が考えた通りに新しく生活をし直したんだ。
――彼女は三年間の結婚生活をした、そして誰かの死亡証明書を彼女の今の夫に見せて、自分の位置が怪しくないことを信じさせたのだ。しかも彼女はその死亡証明書の人間の名前をそのまま名乗っていたんだ。――ところが、ふと、彼女の先の夫に、彼女の居場所を見つけられた。――でなけりゃ、またこうも想像出来るんだ。その病気の男と一しょになった淫奔女があってそれに見つけられたんだ。
そこでその二人は彼女に手紙を書いて、やって来て事実を暴露するぞ、とおどかしたんだね。
で彼女は百磅を夫からもらって、それで彼等を追払おうとした。
ところがそれにもかかわらず彼等はやって来た。そして彼女の夫が、例の離れ家に新しい人が引越して来たと云って話した時、彼女はそれが彼女の脅迫者たちだと云うことを直感したんだよ。
で、彼女はその夜、夫の寝入るのを待って、その離れ家に出かけていって、彼女をそのまま平和にしておいてくれるように彼等を説得しようと努めたんだ。
しかし成功しなかったので翌朝また出かけていって、その時、彼女の夫が僕たちに話したように、そこから出て来て、パッタリ彼女の夫に出会ったのだ。
そこで、もう再びそこへは行かないと云う約束をすることになった。しかしそれから二日の後、彼女はこの恐ろしい隣人たちを、どうしても追い払ってしまおうと決心して、もう一つの計画を立てた。そこで彼女は例の肖像画、――それは確かに彼女が自分で描かせてもらったものなんだが――それを持ち出していった。
するとこの間に、女中が追いかけて来て、彼女の夫が帰って来たことを知らせた。で彼女は、突嗟に、その女中の話をきいて、これは夫がいきなりこの離れ家にやって来るに相違ないと想像し、いそいでその中の人間を裏口から出して、たぶんそのすぐそばに生えている樅の林の中に這入らせちまったんだ。
――こう云うわけで、あの男が這入っていった時には、家の中は空っぽだったのさ。
けれど、もしきょうの夕方、あの男がもう一度様子を見にいって、やっぱりまだ空家のままだったら、お目にかかるよ。
しかしもし何か新事実が発見されて、それが僕たちの予想外のことだったとしても、まだもう一度考え直してみる時間は充分あるからね。
――現在としては、ノーブリーへいったあの男から電報の知らせが来るまでは、何もすることはないわけさ」
その電報は、私達がちょうどお茶を飲み終った所へとどいた。
七ジノキシヤデオイデマツ。ゴトウチヤクマデシゴトニカカラヌ。――と、それには書いてあった。
Copyright (C) Sir Arthur Conan Doyle, Otokichi Mikami, Yu Okubo