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坊っちゃん 四 Botchan Chapter IV (2)
夏目漱石 Soseki Natsume
青空文庫 AOZORA BUNKO
くれてから二時間ばかりは小使を宿直部屋へ呼んで話をしたが、
それも飽《あ》きたから、寝られないまでも床《とこ》へはいろうと思って、
寝巻に着換《きが》えて、蚊帳《かや》を捲《ま》くって、赤い毛布《けっと》を跳《は》ねのけて、とんと尻持《しりもち》を突《つ》いて、仰向《あおむ》けになった。
おれが寝るときにとんと尻持をつくのは小供の時からの癖《くせ》だ。
わるい癖だと云って小川町《おがわまち》の下宿に居た時分、二階下に居た法律学校の書生が苦情を持ち込《こ》んだ事がある。
法律の書生なんてものは弱い癖に、やに口が達者なもので、
愚《ぐ》な事を長たらしく述べ立てるから、寝る時にどんどん音がするのはおれの尻がわるいのじゃない。下宿の建築が粗末《そまつ》なんだ。掛《か》ケ合うなら下宿へ掛ケ合えと凹《へこ》ましてやった。
この宿直部屋は二階じゃないから、いくら、どしんと倒《たお》れても構わない。
なるべく勢《いきおい》よく倒れないと寝たような心持ちがしない。
ああ愉快だと足をうんと延ばすと、何だか両足へ飛び付いた。
こいつあと驚《おど》ろいて、足を二三度毛布《けっと》の中で振《ふ》ってみた。
するとざらざらと当ったものが、急に殖《ふ》え出して脛《すね》が五六カ所、股《もも》が二三カ所、尻の下でぐちゃりと踏《ふ》み潰《つぶ》したのが一つ、臍《へそ》の所まで飛び上がったのが一つ――
早速《さっそく》起き上《あが》って、毛布《けっと》をぱっと後ろへ抛《ほう》ると、蒲団の中から、バッタが五六十飛び出した。
正体の知れない時は多少気味が悪《わ》るかったが、バッタと相場が極《き》まってみたら急に腹が立った。
バッタの癖に人を驚ろかしやがって、どうするか見ろと、
いきなり括《くく》り枕《まくら》を取って、二三度擲《たた》きつけたが、相手が小さ過ぎるから勢よく抛《な》げつける割に利目《ききめ》がない。
仕方がないから、また布団の上へ坐《すわ》って、煤掃《すすはき》の時に蓙《ござ》を丸めて畳《たたみ》を叩《たた》くように、そこら近辺を無暗にたたいた。
バッタが驚ろいた上に、枕の勢で飛び上がるものだから、おれの肩《かた》だの、頭だの鼻の先だのへくっ付いたり、ぶつかったりする。
顔へ付いた奴《やつ》は枕で叩く訳に行かないから、手で攫《つか》んで、一生懸命に擲きつける。
忌々《いまいま》しい事に、いくら力を出しても、ぶつかる先が蚊帳だから、ふわりと動くだけで少しも手答がない。バッタは擲きつけられたまま蚊帳へつらまっている。死にもどうもしない。
ようやくの事に三十分ばかりでバッタは退治《たいじ》た。
箒《ほうき》を持って来てバッタの死骸《しがい》を掃き出した。
何ですかもあるもんか、バッタを床の中に飼《か》っとく奴がどこの国にある。間抜《まぬけ》め。と叱《しか》ったら、
存じませんで済むかと箒を椽側《えんがわ》へ抛《ほう》り出したら、
おれは早速寄宿生を三人ばかり総代に呼び出した。すると六人出て来た。
六人だろうが十人だろうが構うものか。寝巻のまま腕《うで》まくりをして談判を始めた。
「バッタた何ぞな」と真先《まっさき》の一人がいった。やに落ち付いていやがる。
この学校じゃ校長ばかりじゃない、生徒まで曲りくねった言葉を使うんだろう。
「バッタを知らないのか、知らなけりゃ見せてやろう」
と云ったが、生憎《あいにく》掃き出してしまって一匹《ぴき》も居ない。
また小使を呼んで、「さっきのバッタを持ってこい」と云ったら、
「もう掃溜《はきだめ》へ棄《す》ててしまいましたが、拾って参りましょうか」と聞いた。
「うんすぐ拾って来い」と云うと小使は急いで馳《か》け出したが、
やがて半紙の上へ十匹ばかり載《の》せて来て「どうもお気の毒ですが、生憎夜でこれだけしか見当りません。あしたになりましたらもっと拾って参ります」と云う。
大きなずう体をして、バッタを知らないた、何の事だ」と云うと、
一番左の方に居た顔の丸い奴が「そりゃ、イナゴぞな、もし」と生意気におれを遣《や》り込《こ》めた。
「篦棒《べらぼう》め、イナゴもバッタも同じもんだ。
第一先生を捕《つら》まえてなもした何だ。菜飯《なめし》は田楽《でんがく》の時より外に食うもんじゃない」とあべこべに遣り込めてやったら
Copyright (C) Soseki Natsume, Yasotaro Morri, J. R. KENNEDY