HOMEAOZORA BUNKOThe Great Gatsby

ホーム青空文庫華麗なるギャツビー

※本文をクリック(タップ)するとその文章の音声を聴くことができます。
  右上スイッチを「連続」にすると、その部分から終わりまで続けて聴くことができます。
で日本語訳を表示します。
※ "PlayBackRate" で再生速度を調節できます。

The Great Gatsby 華麗なるギャツビー

Chapter2-3

Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
 ミスター・マッキーは下の部屋に住む顔色の悪い優男《やさおとこ》だった。
ついさっき髭を剃ったばかりらしく、頬骨《ほおぼね》に白い石鹸《せっけん》の跡が一点しみついていた。たいそう礼儀正しく室内の全員に挨拶した。
ぼくには「芸術関係の仕事」をしていると自己紹介した。後からいろいろ考えあわせてみるとかれは写真家で、壁に亡霊《ぼうれい》みたいに浮かんでいるミセス・ウィルソンの母親のぼやけた拡大写真を作ったのはかれなのだと気づいた。
かれの妻は、甲高《かんだか》い声でしゃべり、けだるそうな態度の、顔立ちは端正《たんせい》だったけれど、ひどく嫌な感じのする女だった。
彼女は、夫が結婚以来百二十七回自分を撮り下ろしたとぼくに自慢した。
 ミセス・ウィルソンはいつのまにか服を変えていて、いまはクリーム色の絹を念入りに織り上げたアフターヌーン・ドレスをまとい、部屋の中を歩くたびに衣擦《きぬず》れの音をたてていた。
ドレスの影響もあるのだろう、人格もまた変化の波をかぶっていた。あの激しいバイタリティはガレージではすぐそれと分かるほどだったのに、それが印象的な尊大さに作り変えられていた。
その笑い方、その身振り、その言葉。すべてが時を追うにつれ乱暴になり、彼女が膨らんでいくにつれ、まわりの部屋は縮み上がり、やがて場のけむたい空気全体が彼女を中心に回っているように思えてきた。
「ねえキャサリン」と取り澄ました裏声で言う。「ああいうやつらって、たいていあんたをだまそうとしてるのよ。
連中の頭の中には金のことしかないんだから。
先週、足を診てもらおうと女をひとり呼んだんだけど、よこしてきた請求書ときたら、見せたかったな、盲腸でも切ったのかと思うくらいなんだから」
「その女、なんていう名前?」とミセス・マッキー。
「ミセス・エバハート。足を診に、頼まれれば家まで出かけていくひと」
「それ、いいドレスね」とミセス・マッキーが言った。「ほれぼれするくらい」
 ミセス・ウィルソンは軽蔑したように眉を吊りあげてその賛辞《さんじ》をはねのけた。
「ぜんぜんだめよ、こんなの。どう見えてもいいやってときだけ、これを引っかけるようにしてる」
「でもあんたが着ればぜんぜん違うみたい。つまりそういうこと」さらに追い討ちをかける。
「もしチェスターにそのポーズを撮ってもらえば、ちょっとしたものができると思うんだ」
 ぼくらは黙ってミセス・ウィルソンに注目した。彼女は目にかぶさっていた髪をかきあげると、きらきらした目でぼくらを見返した。
ミスター・マッキーは片側から覗きこむようにして熱心に構図を見積もり、やがて手を自分の顔の前にかざし、ゆっくりと前後させた。
「光線を変えたほうがよさそうだ」と、しばらくしてから言う。
「顔立ちのモデリングをはっきり出したいから。
それから、後ろの黒い髪もぜんぶ捉えたいな」
「光線なんて変えなくていいじゃない」とミセス・マッキーが言った。「だからつまり――」
 夫が「しっ」とさえぎった。ぼくらはふたたび題材を見つめたが、するとすぐトム・ブキャナンがあくびをしながら立ちあがった。
「マッキーたちも何か飲めよ。
マートル、氷とミネラルウォーターをもうすこし持ってきてくれ、みんなが眠っちまうまえに」
「氷はさっきのボーイに言っといたんだけど」
とマートルは注文が無視されていることに失望して眉を吊りあげた。
「あの連中! ずっとうしろから監視してないとなんにもしないんだから」
 そう言ってぼくを見、意味もなく笑い出した。
それから犬のところに飛んでいくと、うっとりしたようすでキスし、何十人ものシェフが彼女の指示を待っているのだと思わせるような勢いでキッチンに駆けこんだ。
「ロング・アイランドはいい仕事のできる環境ですね」とミスター・マッキー。
 トムは要領を得ないままかれの顔を見た。
「下にふたつ、そういうやつを飾ってあります」
「ふたつの、何を?」とトムが問う。
「習作をふたつ。ひとつは『モンターク岬――カモメ』といいまして、もうひとつは『モンターク岬――海』と呼んでいます」
 長椅子に座っていたぼくの横に、キャサリンが腰を下ろした。
「あなたもロング・アイランドに住んでるの?」
「ウェスト・エッグにね」
「ほんと? 一ヶ月くらい前、そこのパーティーに行ったことある。ギャツビーってお名前のひとのところ。かれのこと、ご存知?」
「その人の隣に住んでるんだ、ぼくは」
「そう。みんなね、あのひとのことをウィルヘルム皇帝の甥か従弟かって言うのよ。
そこからお金が出てるんだって」
「ほんとに?」
 彼女はうなずいた。
「わたし、あのひとが恐くて。あんまりあのひとの目にとまりたくないな」
 ぼくは隣人に関するこの新情報にすごく興味があったけれど、ミセス・マッキーが不意にキャサリンを指差してこの話の腰を折った。「チェスター、あのひとでならちょっとしたものが作れそうじゃない?」とわめくように言った妻に、ミスター・マッキーはただうんざりしたようにうなずいてみせただけで、トムと話をつづけた。
「ロング・アイランドでもっと仕事したいんですよ。うまく入りこめさえすれば。
つまり欲しいのはきっかけ、それだけなんです」
「マートルに頼めよ」とトムはトレイを持って入ってきたミセス・ウィルソンに向かって笑いかけた。
「あれが紹介状を書いてくれる。やってくれるよな、マートル?」
「何をするって?」と彼女はとつぜんのことにたずねかえした。
 
Copyright (C) Francis Scott Fitzgerald, Kareha
主な掲載作品
Sherlock Holmes Collection
The Adventure Of The Copper Beeches ぶな屋敷 NEW!!
The Adventure Of The Beryl Coronet 緑柱石の宝冠 NEW!!
The Adventure Of The Noble Bachelor 独身の貴族 NEW!
The Adventure Of The Engineer's Thumb 技師の親指 NEW!
The Boscombe Valley Mystery ボスコム渓谷の惨劇 NEW!
The Sign of the Four 四つの署名 NEW!
The Reigate Puzzle ライゲートの大地主
The Crooked Man 背中の曲がった男
The Adventure Of Charles Augustus Milverton チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン
Silver Blaze 白銀の失踪
The Adventure Of The Solitary Cyclist 孤独な自転車乗り
The Gloria Scott グロリア・スコット号
The Yellow Face 黄色い顔
The Resident Patient 入院患者
The Adventure Of The Sussex Vampire サセックスの吸血鬼
The Stock-Broker's Clerk 株式仲買人
The Adventure Of The Three Students 三人の学生
The Adventure Of The Norwood Builder ノーウッドの建築家
The Adventure of the Devil's Foot 悪魔の足
A Case Of Identity 花婿失踪事件
The Man With The Twisted Lip 唇のねじれた男
The Five Orange Pips オレンジの種五つ
A Study In Scarlet 緋色の研究
The Adventure Of The Empty House 空き家の冒険
The Adventure Of The Dying Detective 瀕死の探偵
The Adventure Of The Blue Carbuncle 青い紅玉
The Adventure Of The Dancing Men 踊る人形
The Adventure Of The Speckled Band まだらのひも
A Scandal In Bohemia ボヘミアの醜聞
The Red-Headed League 赤毛組合
QRコード
スマホでも同じレイアウトで読むことができます。
主な掲載作品
Sherlock Holmes Collection