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The Great Gatsby 華麗なるギャツビー
Chapter2-4
Francis Scott Fitzgerald F・スコット・フィッツジェラルド
AOZORA BUNKO 青空文庫
「マッキーにウィルソンへの紹介状を書いてやれよ、そうすればあいつを題材に習作が作れるだろうから」
「『ガソリン・ポンプにつくジョージ・B・ウィルソン』とかいうようなのをな」
キャサリンがぼくにかがみこむようにして、耳打ちした。「あのひとたち、どっちも自分たちの結婚相手に我慢できないのよ」
「我慢できないのよ」と答えてマートルを見、トムを見た。
「だからね、なんであのひとたちは我慢できない相手と暮らしつづけてるんだろう、って言いたいのよ、わたしは。
わたしだったら、離婚してお互いに再婚する。そうするべきよ」
答えは意外なところから飛んできた。ぼくらの話が聞こえたのだろう、マートル自身がこの質問に乱暴で猥雑《わいざつ》な答えを返してきたのだ。
「分かったでしょ?」とキャサリンは勝ち誇って叫んだ。
「トムの奥さんが問題なのよ、別れるにあたっては。あのひとカトリックでしょ、カトリックでは離婚が認められないから」
デイジーはカトリックではない。ぼくはその念の入った嘘に、多少ショックを受けた。
「再婚したとしたら」とキャサリンがつづける。「西部に行ってほとぼりをさますつもりみたい」
「へえ、ヨーロッパが好きなの?」とびっくりしたようすで言う。
「わたし、ついこないだモンテ・カルロからもどってきたところ」
「まだ去年のことね。友だちといっしょに行ったの、女の友だち」
「ううん、モンテ・カルロに行ってもどってきただけ。マルセイユ経由よ。
出かけるときは千二百ドル以上あったのに、カジノでぜんぶ巻き上げられちゃって。たった二日でよ。帰りは散々だったな、はっきり言って。
夕暮れ間際の空の輝きが窓にさあっと流れ込み、その青のうるおいに地中海《ちちゅうかい》を見る――そこにミセス・マッキーの金切り声が響いて、ぼくの意識は室内に呼びもどされた。
「あたしだってあぶなかったんだから」といやに元気よく宣言する。
「もうすこしであたしを何年も追っかけつづけてたちゃちなユダヤ人と結婚するところでさ。
あいつなんかあたしとはくらべものにならないちんけなやつだってわかってた。みんな口をそろえて言いつづけた、『ねえルシル、あんな男、あんたの足元にもおよばないじゃない!』 でももしチェスターに出会わなかったら、あの男のものになってたかもしれないんだから」
「そうね。でもさ」とマートル・ウィルソン、激しくうなずきながら言う。「あんたは結局そいつとは結婚しなかったんでしょ」
「それがね、こっちは結婚したってわけ」と言葉を濁した。
「なんで結婚したんだっけ、マートル?」とキャサリンが絡む。
「べつにだれかから強制されてってわけじゃないでしょ」
「あのひとが紳士だと思ったからね」とやがて言った。
「家族を養うことくらいは知ってると思ってたんだけど、あたしの靴を舐める資格もない男だった」
「しばらくはあのひとに夢中だったじゃない」とキャサリン。
「なんだって?」信じられないといった口調で叫ぶ。「だれよ、あたしがあのひとに夢中だったことがあるなんて言ってるのは。
わたしがあのひとに夢中だったことなんてぜんぜんありゃしない、それはそう、そこにいるひとが相手のときとおんなじこと」
と言ってマートルが不意にぼくを指さすと、全員の非難するような視線がぼくに集中した。
それでぼくは、変な気なんてぜんぜんないのだというのを態度で示してみせた。
ちゃんと起きてたんならあんな真似《まね》しでかしたはずないもの。すぐ間違いだったと分かった。
だってあのひと、だれかから一張羅《いっちょうら》を借りて式に出たのよ、私にはなんにも言わずにね。それで後からあのひとが出かけてるときにそのひとが自分のスーツをとりにきたわけ。
わたし、思わずこう言った。『え、あなたのスーツだったんですか?
でもとにかくスーツを返して、その日の午後ずっと泣きまくった」
Copyright (C) Francis Scott Fitzgerald, Kareha